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ぼっこくいあね
『ぼっこ食い姉』

― 岩手県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔、あるところに長者(ちょうじゃ)どんがおって、娘に三国(さんごく)一の聟(むこ)を欲しがっておったそうな。
 あるとき、三人の若者が同時に「我(われ)を聟に」と談(だん)じ込(こ)んだ。
 いずれも勝(まさ)り劣(おと)りのないたくましい若者だったと。長者どんは、
 「それではまず、東の田千刈(せんかり)、西の田千刈、前の田千刈、田打(たう)ちをしてみよ」
と申し渡した。
 並の男なら十日もかかる千刈田(せんかりだ)を、この三人の若者は、鍬(くわ)を右手に一本、左手に一本持って、ぐるぐるまわしに、ぼっつ、ぼっつと掘(ほ)っくり返して行く。ただの一日で田打ちが終わったと。

 
 「さてさて、今日の働きには胆(きも)が抜け申した。三人が三人、いずれが早いとも遅いとも判(はん)じかねた。ついては、今しばらくの間この家(や)にとどまって、つとめてみてはくれますまいか」
と長者どんに言われて、三人は二つ返事でこの家に住まうことになった。
 ところが、五日たち、七日たっても、この家の娘は顔を見せてくれない。まれにチラッと見えても後ろ姿だけ。
 三人の若者は気がもめて、気がもめて、
 「俺、もうしんぼう出来ん」
 「俺もだ」
と、二人の若者がしめしあわせて、娘の姿を覗(のぞ)きに行ったと。忍(しの)び忍びで娘の部屋の襖(ふすま)をこそっと開け、中を覗いて、二人はハテと思うた。
 白装束(しろしょうぞく)に乱れ髪(みだれがみ)の娘が、部屋の隅(すみ)の床板(ゆかいた)一枚上げて、白木の棺桶(かんおけ)のようなものを取り出していた。

 
 おっかねぇもん見たさで、息を殺(ころ)していると、娘はニカニカ笑いながら、棺桶から生まれたばかりのヤヤ児(こ)の屍(しかばね)を取り出して、腕(うで)の付根(つけね)を包丁(ほうちょう)でだぎんと切り、さもうまそうにコリコリ食べはじめた。そして、
 「そこで覗き見している殿方(とのがた)にも上げましょか」
と、食いかけのまっ赤な片腕(かたうで)、ニュッと突き出した。
 
ぼっこ食い姉挿絵:福本隆男


 二人は、びっくりしたのなんの、魂(たましい)飛ばして、
 「こんな怖っそろしい姉コの聟にはなれらんねえ」
と、その夜のうちに逃げ出してしまった。
 もう一人の若者がそれを聞いて、
 「よし、俺が見届(みとど)けてくれる」
と、娘の部屋を覗いてみた。
 すると確かに、白装束に乱れ髪の鬼女(おにおんな)が、ヤヤ児の頭からコリコリ食べている最中(さいちゅう)だった。
 驚(おどろ)きついでに、ようっく見ると、鬼の面をかぶった娘が、砂糖餅(さとうもち)で作った人形を食べているんだと。血と思ったのも紅(べに)がらで、何のことはねえ。
 「俺にもその片足食わせてくれ」
と、襖をカラッと開けて手を出した。

 
 「あら、よくぞ申して下さった。今まで幾人(いくにん)も聟になりたいという人が来ましたけれど私のこの姿を一目(ひとめ)見ると、皆びっくりして逃げるばかり。一人として度胸(どきょう)のある人がなかった。あなたさまこそ、私の夫殿になる方です」
と、いって面をとって乱れ髪をなおしたら、目も覚めるようなべっぴんだったと。
 長者どんも大喜びで、親類縁者小者(しんるいえんじゃこもの)まで呼んで、三国一の花聟花嫁(はなむこはなよめ)ひろめの大振舞(おおぶるま)いをした。その後(のち)は子も出来、孫(まご)も出来、末代(まつだい)まで栄えたと。

 どんと払え。

「ぼっこ食い姉」のみんなの声

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驚き

まあやっぱり人間は自分の命が惜しいというわけですよ。 僕ですか?僕は・・・逃げた後、また戻って観察しますね。( 20代 / 男性 )

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