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ひょっとこのはなし
『火男の話』

― 岩手県江刺郡 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、あるところに爺さまと婆さまがおったそうな。
 ある日のこと、爺さまは山へ柴刈りにいって、大きな穴をひとつ見つけたと。
 「こんな穴には悪いものが棲むものだ。塞(ふさ)ぐにかぎる」
 そういって、一束の柴をその穴の口に押し込んだ。すると、柴は穴の栓(せん)になるどころか、すとんと中に入ってしまった。また一束押し込むと、それもまた、すとんと入った。もう一束、もう一束と入れて、とうとう、三日の間刈りためた柴を残らず穴の中へ入れてしまったと。
 「何とあきれた穴じゃ、どんくらい深いやら」

 
 爺さまはためしに穴の底へ、
 「おーい」
と呼ばってみた。そうしたら何と、
 「はーい、ただいままいります」
と返事がして、穴の中から美しい女が出て来た。

 爺さまがあっけにとられて、目をまん丸にしていると、女は、
 「ただいまは、たくさんの柴をありがとう。お礼をしたいので一緒に中へおいで下さい」
という。あんまりすすめられるので穴の中へ娘と入って行ったと。
 穴の中には目のさめるような御殿(ごてん)があって、門口(かどぐち)には、爺さまが三日もかかって刈りためた柴が、きちんと積み重ねてあったと。
 「どうぞお入り下さい」
と娘が言うので、御殿に入ると、きれいな座敷があった。座敷には立派な白い鬚(ひげ)の翁(おきな)がいて、また柴の礼を言ったと。

 
 いろいろご馳走になって帰るとき、翁は、
 「これをお礼にやるから連(つ)れていけ」
と言って、一人の童(わらし)を前へ押し出した。
 童は、口を横っちょに曲げてとんがらかしし、何ともいえぬ醜(みにく)い顔つきをして、臍(へそ)ばかりいじくっているんだと。
 
火男の話挿絵:福本隆男


 爺さまがことわろうとすると、翁は是非(ぜひ)連れて行けというので、とうとう家に連れ帰ったと。
 「婆さん今帰った。こんなの土産にもろた」
とわけを話して聞かせると、婆さんは小言を言うのも忘れて、童の顔をまじまじながめてぷうと吹き出したと。
 爺さまと婆さまと童の三人の暮らしが始まった。が、童はいつまでたっても臍ばかりいじくっていて、ちいっとも家の手伝いをせん。
 ある日、爺さまは童の臍を火箸(ひばし)でちょいとついてみた。そしたらその臍からポトンと金(きん)の小粒(こつぶ)が出て落ちた。金の小粒は、それをきっかけに、一日に三度ずつ出るようになったと。
 爺さまの家は、たちまち富貴長者(ふっきちょうじゃ)になった。
 ところが、婆さまが欲を出して、もっとたくさん出したいと、爺さまの留守に火箸をもって童の臍をぐんと突き、ぐりぐりまわしたと。
 すると、金は出ないで童が死んでしまった。
 

 
 爺さまは外から戻って死んだ童を見ると泣いて泣いてふびんがったと。
 その晩、爺さまの夢枕に童が立って、
 「爺さま、泣くな。おらの顔に似たお面を作って、毎日よく目にかかるカマドの前の柱に掛けておけ、そうすれば家は栄える」
と教えてくれた。
 この童の名前はひょうとくと言ったそうな。
 爺さまは、ひょうとくのお面を作ってカマドの前の柱にかけた。そしたら、家はますます栄えたと。
 こんなことがあってから、あちこちの家々でひょうとくのお面をカマド前の柱に掛けるようになったと。
 「ひょっとこ」というのは、この醜い「ひょうとく」の名前が起こりなんだそうな。

 いんつこ、もんつこ、さかえた。

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