― 兵庫県 ―
語り 井上 瑤
話者 秋山 富雄
再話 谷垣 桂蔵
再々話 六渡 邦昭
昔、あるところに一人の若者があった。
旅に出て、とある浜辺で弁当を食うていたら、子供たちが、小(こ)んまい亀を捕らえて棒っ切れで突っつきはじめた。
「おい、おい、お前(めえ)ら、可哀そうなことせんと、その亀を俺に売ってくれぇや」
と言うて、亀を買い、海に放してやったそうな。置いた弁当には、たくさんの虻(あぶ)がとりついていた。
弁当は虻にやったと。
若者は旅を続けて、大っきな町へ着いた。
すると、分限者(ぶげんしゃ)の門前に立札が建っていて、大勢の人が集(たか)っている。立札には、
「当家の池の中にある松の木の鶴の巣を取って来た者は、娘の聟(むこ)にする」
と書いてあった。若者は、
「こりゃ面白い。いっちょうやってみるか」
と思い、側の男に尋(たず)ねると、
「やめとけ、やめとけ。今まで何人もやってみたが、何せぇ大うけな池じゃでのう、誰も松の木の根元までも行けんかったそうじゃ」
と言うた。若者は、
「大きい言うても、池は池じゃろ」
とうそぶいて、物は試しと門をくぐった。
すると広い庭があって、庭の向こうに池がある。池は湖(みずうみ)のように広くて、池の中の島に植わってある松の木がかすんで見えた。
「いくらなんでも、これは無理かなぁ」
と思いながらながめていたら、そこへ恰幅(かっぷく)のいい分限者が来て、
「今度はお前がやるのか。巣はあの松の木の上から二番目の枝にある」
と言うて、屋敷の中へ入って行った。
若者は池の端に立って思案(しあん)していたら、池の底から大きな大きな亀が浮き上がった。して、
「この間は私の玄孫(やしゃご)を助けてくれてありがたかった。今日はそのお礼に、あんたさんを乗せて送り迎えするから、この背中に乗るといい」
と言うた。
若者は喜んで亀の背中に乗せてもらい、苦もなく、池の中の島へ渡って、松の木から鶴の巣を取って来たと。
鶴の巣を分限者のところへ持って行くと、分限者は、
「今まで大勢の若い者がやってきたが、実際に鶴の巣を持ってきたのはお前が初めてだ。だが、これだけでは娘の聟には出来ん。明日あらためて来い」
と言うた。
次の日、若者が屋敷を訪(たず)ねると、美しい座敷に通された。分限者が出てきて、
「今日は、町中の娘を招(よ)んである。その中から当家の娘を探し出して、酌(しゃく)をして貰え」
と言うた。
奥の間へ行ってみると、ずらぁーと、大勢の娘が着飾(きかざ)って並んでいた。若者が、
「この中から見たこともないこの家(や)の娘を選び出すなんて、どだい無理な話じゃ」
思うて、諦(あきら)めかけたら、障子(しょうじ)に飛んできた虻がプルンプルンプルンと音を立てている。
見るともなく見ていたら、その虻のたてる音が、
「酌取り(しゃくとり)に酌させプルンプルン、酌取りに酌させプルンプルン」
と聞こえてきた。若者は、
「ははぁん、酌取り女に化けとるのが当家の娘じゃな」
と気がついて、余り着飾っていない娘の前へ行き、盃(さかずき)を差し出した。
娘はニッコリほほえんで盃に酌をしたと。
分限者は、
「よしよし、これでうちの聟は決まった」
と言うて喜んだ。
若者は分限者の聟となって、一生安楽に暮らしたと。
これでしまい。
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昔、あるところに親子三人がひっそり暮らしておったと。おとっつぁんは病気で長わずらいの末とうとう死んでしまったと。おっかさんと息子が後にのこり、花をつんで売ったりたきぎを切って売ってはその日その日をおくるようになったと。
「亀と虻の援助」のみんなの声
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