― 千葉県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、むかし、卵と皿と笊(ざる)と炭と味噌と徳利(とっくり)がいたと。
ある日、そろってお湯屋に行った。
久し振りにお湯に入った。卵と皿と笊と炭と味噌と徳利は、すっかりいい気分になり、一列に並んでぞろぞろとお湯屋を出ようとした。
すると、お湯屋の番台から番頭が、
「お前さんたち、ここは銭湯だから、湯銭(ゆせん)を払ってくんな」
というた。
すると先頭にいた卵が、のっぺりした顔で
「番頭さん、おらぁタマに来て、つるんとつかっただけだものいかっぺ」
というて、出て行った。
次の皿は、
「おらぁも、さらさらっとつかっただけだもの、いかっぺ」
というた。
続いて笊は、
「おらぁも、ザァッとしか入らねかった。だから今日はいかっぺ」
というて、出て行った。
番頭が次の炭の前に手を出すと、炭は、
「お湯が混んでいたからよ。おらぁスミへ入っていたから、いかっぺ」
というて、番頭の手をくぐって出ていったと。
残った味噌は、
「おらぁミソカに払うから、いかっぺ」
というたら、番頭は「ミソヅケ」というた。
終(しま)いの徳利が出ようとしたら、番頭が、
「お前(め)はとっくりつかっていたから、湯銭を払うんじゃろな」
というたら、徳利は
「あとでオカンが払いに来るから、いかっぺ」
というて、みなみな逃げてしもうたと。
まずまずいちがさかえた。
民話の部屋ではみなさんのご感想をお待ちしております。
「感想を投稿する!」ボタンをクリックして
さっそく投稿してみましょう!
むかし、信濃(しなの)のある村の坂の上にポツンと一軒家(いっけんや)があり、ひとりの婆(ばば)さが住んでおった。 婆さは男衆(おとこし)が呑(の)む酒を一口呑んでみたくてしようがなかったと。
弘安(こうあん)四年、西暦(せいれき)では一二八一年、今からおよそ七〇〇年以上もの昔、九州の福岡県の博多(はかた)あたりの浜辺(はまべ)へ、海をへだてた隣(となり)の国、元(げん)の軍隊がたくさんの軍船に乗ってせめ寄ってきた。
むかし、紀州(きしゅう)、今の和歌山県の有田(ありた)と日高(ひだか)の郡境(ぐんざかい)にある鹿ケ瀬峠(ししがせとうげ)というところへ、惣七(そうしち)という猟師(りょうし)が猪(いのしし)を撃(う)ちに行ったそうな。 いつものように犬を使って猪を追い出そうとしたが、その日にかぎって一頭も出てこん。
「人のいいお湯屋」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜