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におうとどっこい
『仁王とどっこい』

― 青森県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 むかしむかし、日本に仁王(におう)という男がおって、力持(ちからも)ちでは日本一だったと。
 あるとき、仁王は八幡(はちまん)さまへ行って、
 「唐(から)の国には、“どっこい”という名の力持ちがいるということだから、わしはそれと力競(くら)べしてくるべと思うとるが」
と、お伺(うかが)いをたてたと。そしたら八幡さまは、
 「よかろう。守(まもり)り刀(がたな)のかわりにこれを持って行くがよい」
と言って、南蛮鉄(なんばんてつ)をも切ることが出来るヤスリをくれたと。

 
 仁王は船(ふね)に乗(の)って海を渡(わた)った。唐の国に着いて、たずねたずねて、ようやく“どっこい”の家をさがしあてたと。婆(ばあ)さまがひとりでいたので、
 「わしは日本の国から来た仁王という者だが、どっこいはいるかね。力競べをしたいのだが」
と言ったら、婆さまは、
 「じきに戻(もど)るから、待っていなさい」
と言った。
 
 仁王が待っていると、婆さまは昼飯(ひるめし)の仕度(したく)に立った。大っきな釜(かま)に米(こめ)を何俵(なんぴょう)もぶちまけてカマドにかけ、薪(まき)をどがどがくべて、ゴーゴーと燃(も)やした。まるで火事(かじ)みたいだと。仁王はたまげて、
 「婆さま、婆さま、そんなに飯を炊(た)いて、いったい何人で食うんだい」
と訊(き)いた。
 「これかあ、これは俺(おら)と爺(じい)と伜(せがれ)と三人で食う分だ」
 「何日分だ」
 「なあに、一回で食うてしまう」

 
 仁王は、こりゃ力競べどころではないと弱気(よわき)になったところへ、どしんどしんと重(おも)い響(ひびき)きがしてきて、家がミリミリ音をたてた。
 「あの音は何だべ」
 「ああ、あれかい。なあに、俺方(おらがた)のどっこいが歩いて来る音さ。一里(いちり)向(む)こうからああいう音が聞こえるんだ。いつものことさ」
 仁王は、これを聞いて、どっこいというのはよっぽど大っきい奴(やつ)にちがいないと、おじけずいたと。 「わし、ちょっと便所(べんじょ)さ行ってくる」
と言って、便所の窓(まど)から逃(に)げた。船に乗ってやんやと櫂(かい)をこいだ。

 
 どっこいが帰ってきて家の戸口(とぐち)に立つと、大っきな草鞋(わらじ)の跡(あと)があった。
 「おっ母ぁ、誰(だれ)が来た」
 「何(な)してだ」
 「こったら大っきな草鞋をはいて来る人あこの辺(へん)にはいなかべやあ。いるとしたら日本の仁王くらいなもんだべやあ」
 「そうだ。今、便所さ行ってらね」
 どっこいが便所へ行ってみると、仁王はいなかった。
 「逃げたみたいだ。おっ母ぁそこの船の錨(いかり)の鎖(くさり)を延(の)ばしてくれろ」
と言うや、錨を担(かつ)いで走り出た。錨の鎖は人の太ももほどもあるぶっとい物だと。それをガラガラ引きずって浜へ行ったら、日本の仁王は遥(はる)か沖(おき)に船を漕(こ)ぎ出していた。

 
 「おうい仁王、ここまで来てからにわしと勝負(しょうぶ)をしないで帰るとは、何だあ」
と叫(さか)んだが、仁王はとりあわないで櫂をやんやとこいでいるふうだ。どっこいは、
 「おのれえ」
と言って、ぶいんと錨を投(な)げた。錨はぶっとい鎖とともにぶいんぶいん飛んで、仁王の船の艫(とも)へズッガと突(つ)き刺(さ)さったと。
 仁王は、こらあ大変だとばかりに櫂をこいだ。
 どっこいもグイグイ鎖を手繰(たぐ)り寄(よ)せる。
 船は進んだり戻ったりするうちに、どっこいの力が勝(まさ)って、だんだん引き戻(もど)されたと。
 仁王は、国を立つとき八幡さまからもらったヤスリをとり出して、鎖をゴシゴシ、ガリガリ切りにかかった。やっと鎖が切れて、どっこいがどしんと転んだ。地響(じひび)きがして津波(つなみ)がおこったと。
 仁王は、これ幸(さいわ)いとその波頭(なみがしら)に乗って逃げに逃げた。

 
仁王とどっこい挿絵:福本隆男
 

 
 どっこいは、
 「俺でも切れんこの鎖を引きちぎるとは、いやあ勝負しないでよかった」
と言ったと。
 
 日本に帰った仁王は、八幡さまにお礼(れい)を述(の)べて門番(もんばん)にならしてもらった。
 昔にこんなことがあったから、唐の国では重い物を持ったり担いだりするときには、『仁王』と掛(かけ)け声をするようになり、日本では『どっこい』と言うようになったんだど。
 
  どっとはれえ。

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