いつの世も自分だけに都合が良いように願う者がいたんだなぁ。少食な伴侶がよいだなんて、そんな考えが浮かぶことすらなかった。( 20代 )
― 山梨県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
昔、あるところに吝(しわ)ん坊(ぼう)の男がおったと。
日頃、飯(まま)食わぬ嬶(かかあ)が欲しいというておったが、そんな嬶はいるはずもない。 ところがある日、ひとりの女が、
「俺、飯食わないから嬶にしてくりょ」
と言うてやってきた。
男はよろこんで嬶にしたと。が、その日から後(のち)はどうも米の減りが早い。あんまり妙だから隣の嬶に聞いてみると、
「お前(め)は何も知らんで喜んどるが、お前の嬶は毎日飯を三升ずつ炊(たい)て食うぞ」
と言うた。
それで男は、次の日山へ仕事に行くふりをして、天井うらから嬶の様子を、そっと見ていた。
そうとは知らない嬶は、米びつから米を出してとぎ、三升炊きの釜で炊いた。炊きあがると戸板をはずしてきて、その上に握り飯をこさえて積み上げた。
頭の髪をほぐすと、頭の中に口がいくつもあらわれた。その口へ握り飯をポイポイ投げ込んで食わせ、食い終わると釜を湯でゆすいで飲んだと。 男はそれを見て怖(おっ)かなくなり、晩方になって天井うらから下りてきて、今、山から帰ったような顔をして、
「お前はこの家に合わんから、今日限り出て行け」
と言うた。嬶は、
「出て行けって言うじゃあ出て行きもするが、土産に風呂桶と縄ァもらいたい」
と言うた。
男が言うだけの物を揃えてやると、嬶は、
「この桶、乾いて底が抜けちゃいかんから、お前がちょっくら入って見てくりょ」
と言う。
桶の中へ入ると、今度はしゃがんで見ろと言う。男がしゃがむと、嬶はパタンと蓋(ふた)をして、縄でくくってしまった。
そして、鬼婆の姿になってその桶を担ぎ、山へどんどん登って行くのだと。
男は怖かなくて、怖かなくてならん。どうなるんかなあ、と心配していたら、鬼婆は山の途中(とちゅう)で風呂桶を下(おろ)して、ひと休みした。
すると木の枝がさがっていて、桶の上にかぶさった。
男は桶の蓋をずらして、縄もずらして、その枝につかまって、そおっと逃げ出したと。
「ひと休みしたらからだが楽になった」
と言うて、また、その桶を担いで山を登って行った。が、どうも桶が軽く感じられる。
「休んだら軽いなぁ 休んだら軽いなぁ」
と唄いながら登って行って、やがて岩だらけのところへ行き着た。
「生魚(なまざかな)ァ持って来たから、みんな来ォやァい」
と呼ばったら、鬼どもが岩陰からぞろぞろ出てきた。
「さあ食え」
というて、風呂桶をとったら、空(から)っぽだ。
「はて、そんじゃ休んだ時に逃げられたか」
というて、鬼婆は、いま来た道をかけ下りた。
その速いこと速いこと。あっというまに男に追いつき、長い腕を延ばして、今にもつかまえかけた。
男はとっさに草むらの中にとび込(こ)んで隠れたと。
そしたら、鬼婆はその草むらの周囲(まわり)をうろうろするだけで、決して踏み込もうとはしなかったと。
その草むらは菖蒲と蓬がボウボウとうわっていたんだと。
鬼の身体にはそれが毒だから寄りつくことが出来ない。鬼婆は仕方なく山に帰って行った。
男は無事に家へ帰り着いたと。
その日が五月五日のことだったので、それからのち五月節供には、屋根へ蓬や菖蒲をさして鬼や魔物や病気除けにするようになったそうな。
五月節供に作る饅頭を角饅頭(つのまんじゅう)といい、また鬼の耳(みみ)ともいうそうな。
いっちんさけぇ。
いつの世も自分だけに都合が良いように願う者がいたんだなぁ。少食な伴侶がよいだなんて、そんな考えが浮かぶことすらなかった。( 20代 )
ご飯食べない奥さんが欲しいなんて言ってる男は鬼に喰われてしまえー!と思いましたが皆さんはどうなんでしょうか笑( 30代 / 女性 )
とんと昔、あるところに何代も続いた大きな家があった。 土佐では、古い家ほど火を大切にして、囲炉裏(いろり)には太い薪(たきぎ)をいれて火種が残るようにしよったから、家によっては何十年も火が続いておる家もあったそうな。
むかし、むかしの大むかしのことでがんすがの。 今の広島県の芦品郡(あじなぐん)に亀が嶽(かめがだけ)という山がありまんがのう、知っちょりんさろうが。そうそう、あの山でがんよのう。あの亀が嶽の中ほどに火呑山池がありまんがの、その池に一匹の大蛇(だいじゃ)が住んでおりまぁたげな。
「飯食わぬ嫁」のみんなの声
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