― 大分県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
昔、あるところに、ちゅうごく忠兵衛(ちゅうべえ)さんという人があった。なかなかの善人(ぜんにん)だったと。
ある冬のこと。
その日は朝から雪が降って、山も畑も道も家もまっ白の銀世界だと。寒うて寒うて、だあれも外に出ようとせんかったと。
忠兵衛さんが囲炉裏(いろり)で腹あぶりしながら茶を飲んでいたら、外の戸を、誰やらが叩いている。
「こんな日に、誰かぁ」
言うて戸を開けたら、山姥(やまんば)が立っていた。
どきんと胸打ち鳴(な)らした忠兵衛さんに、山姥、
「忠兵衛、お前に頼みがあって来た」
と言うた。
「な、なんじゃい、頼みって」
「わしは見ての通り、この腹だ。今日生まるるか、明日生まるるか。ところがこの雪だ。まんだまんだ降るじゃろ、寒うはあるし、子は出て来るし。忠兵衛は善人と見込んでやって来た。莚(むしろ)を貰(もら)いたい」
「わ、わかった。藁一把(わらいちわ)と庭莚(にわむしろ)あぐる」
忠兵衛さん、深く考えないで、とっさにこう言うてあげたと。
山姥はそれを背負うて、来た跡(あと)を戻って行った。
そこへ、忠兵衛さんのおさんという嫁女(よめじょ)が、
「今のは誰な。何か持って行きよるが」
と言うた。忠兵衛さん、
「あれは山姥だ。赤子(ややこ)が産まるるちゅうて藁と莚を貰いにきた。藁一把と庭莚一枚あげた」
と言うた。そしたら嫁女、
「あんな大っきなお腹して、この雪こいで来たのに藁一把だって。庭莚一枚だって。善人の忠兵衛が聞いてあきれる。わしも子を産むから、山姥であろうが無かろうが、女の気持ちはようっくわかる。山姥に裏の焚(たき)き物小屋を貸(か)せれ」
と、しかりつけた。事の次第(しだい)がようやく呑(の)み込(こ)めた忠兵衛さん、
「おお、そうじゃの。呼び戻そ」
と言うて、呼び戻した。
「何かえ」
「いや、このおさんが言うにゃ、こう寒うてはお産に障(さわ)るといかんから、焚き物小屋で産んでくれって」
「そら、ありがてえ」
って言うて、焚き物小屋へ行った。
「さあ、ここで子を産みなされ」
と言うて、おさんが莚を広げ、藁をいっぱい敷(し)きつめて温(ぬ)くくしてやったと。
一週間ほどして、男の子が三人産まれたと。
山姥は忠兵衛さんに、三人の名前を付けてくれと頼んだ。忠兵衛さん、初めに出来た子を「はるよし」、二番目に出来た子に「夏よし」、三番目の子に「冬ぬくどう」と、名前を付けてやったと。
山姥は、「いい名前もろた」と、言って背中に二人、前に一人抱いて、山へ帰って行ったと。
正月十四日の晩に山姥がお礼に来たと。
忠兵衛さんに打出(うちで)の小槌(こづち)を渡し、
「あんたが一代使うだけの金を出せ。おさんがいる間、木綿(もめん)を何ぼ織っても糸は出てくる」
と言うたと。
打出の小槌は本当に、叩(たた)きゃあ金が出る、織れば糸が何ぼでも出て来たと。
もしもし米ン団子、早う食わな冷ゆるど。
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昔、昔。雨コ降ってら日、一人の婆、山菜のミズ背負って町さ売りに歩いてたど。「居だか。ミズ えかったべしかあ。採りたてでンめぇどぉ」 って、家々まわったきゃ、「今日、まんず間に合ってらしじゃ」どて、断られたど。
「山姥報恩」のみんなの声
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