― 長崎県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、長崎県の山田というところに、十伝どんという男がおったと。
その頃、やっぱり長崎の日見の峠に、いたずらな狐が棲んでいて、ときどき人をだましていたそうな。
十伝どんは日見の峠の狐を懲らしめてやろうと思って、「焼きネズミのごちそうをする」、と使いをやると、狐は、生まれて初めてのごちそうだといって喜んでやって来た。
十伝どんの家のそばで、トロンときれいな女子に化けて家の戸を叩きよった。
十伝どんな、狐が化けて来ることなんぞ、とぉっくにお見透しなもんで、
「お前の化け方には抜けたところがある。ほれ、尻尾が見えとる」
と、こう、一発かましてやった。
女子に化けた狐は、あわてて尻を確めたと。
「尻尾は出とらん」
「ワッハッハッ、お前に見えんでも、わしが見ればすぐに分かる。わしは変化の名人じゃからのぉ」
「ふ―ん、どうしたら上手に化けられる」
「そうやすやすと教える訳にはいかん。お前は、いったいどうやって化けとるんか」
「おらは、七面(しちめん)ぐりというもので化ける」「そうだろう、それで尻尾が出るのだ。わしは、八面(はちめん)ぐりというもので化ける。一面ぐりだけ多いから、それだけよい訳だ」
十伝どんがこう言うと、狐はうらやましくてならない。
「その八面ぐりと、おらの七面ぐりと取り換えてくれ」
と言う。十伝どんな、
「そう簡単に取り換える訳にはいかん」
と、もったいぶってやった。
それでも、狐がしきりと頼むので、日を改めて取り換えてやることにしたと。
狐は待ちきれず、その翌日、七面ぐりを持ってやって来た。
十伝どんな、昨日、狐が帰ったあとで、大急ぎで篩(ふるい)に赤紙や青紙をいっぱい張り付けて八面ぐりを作っといたから、この篩を出して、
「これを頭にかぶると、どんなことがあっても人に見破られることはない。二つと無いものじゃからして大事に使えよ」
と言って、取り換えてやったと。
狐は、その晩、十伝どんの家に泊って焼きネズミをごちそうになり、翌朝早起きして、八面ぐりをかぶって日見の峠へ帰って行った。
ところが、朝の草刈りの小僧たちがこれを見つけて、
「おおい見ろや、狐が朝から妙なものをかぶって行くぞ」
「赤紙や青紙をつけた篩をかぶって行くぞ」と言って、石を投げつけるやら、棒や鎌で追いまわすやら、大騒ぎ。
狐は命からがら、峠の穴にたどりついた。
十伝め、十伝め、ちゅうて泣いとったと。
次の晩、十伝どんの家に乳母が訪ねて来た。
「十伝や、お前、何でも、珍らしい狐の七面ぐりというものを手に入れたそうだね。冥土(めいど)の土産に、それを見せておくれでないか」
十伝どんな、乳母には頭が上らんから、見せたそうな。
乳母が七面ぐりを手にしたとたん、
「取り返したぁ」
ちゅうて、乳母が狐になって、素早く逃げていったと。
さて、その次の朝、今度は、狐の穴に神主さんの衣裳を着た稲荷大明神さまが現われた。
「これ狐、わしは正一位稲荷大明神なるぞ」
狐は、へへぇ―とかしこまった。
「お前は、大事な七面ぐりを十伝に取られたそうだな」
「そんなことはありません」
「そんなら、あるかどうか見せてみよ」
狐は、あわてて七面ぐりを見せたそうな。
「穴の中では暗(くろ)うてよく見えん。外で調べてみる」
ちゅうて、大明神さまが外へ出たとたん、着ていた衣裳を、ぱっぱっと脱ぎすて、とっとこ、とっとこ峠を下りて行ってしまった。
何と十伝どんであったと。
十伝どんと狐は、それからのちも、まぁだまぁだだましっこをしたっちゅうぞ。
これでしまいばい。
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昔、ある家の亭主(ていしゅ)が、 「頭が痛(いた)い、頭が痛い」 といって寝(ね)ていると、近所の人が来て、 「亀の生血(いきち)を飲んだら治るだろう」 と、教えてくれた。 そこで、家の者が八方手配りして、海亀(うみがめ)を一匹捕(と)って来たそうな。
「十伝どんと日見の狐」のみんなの声
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