― 鹿児島県種子島 ―
語り 井上 瑤
再話 下野 敏見
整理・加筆 六渡 邦昭
網(あみ)の目や篩(ふるい)や笊(ざる)や籾(もみ)とおしのように、目のたくさんあるものをとおしては、ものを見てはいけないといわれています。
幸(さち)が逃げるとか、災(わざわい)がふりかかるとかいうお人もいますが、どうしてかは、よく分かりません。この話がそれとどうつながるのかも。
むかし、ある男が籾とおしをかぶって、
「天狗(てんぐ)さま、天狗さま」
といいながら歩いていたと。松の木の側(そば)へ行ったら、ちょうど木の枝に天狗さまが休んでいたと。
「おい、お前(ま)やあ、なしかぁおれの姿が目ぇかかっとかあ、おれぁ隠蓑(かくれみの)をば着とるから見えんはずじゃが」
と、大声でたずねた。
男は、まさか本当に天狗さまと会えるとは思ってもいなかったのでびっくりした。が、なかなか気転(きてん)のきく男だったので、
「いや、これだけの目数(めかず)でみりゃぁ、天狗さまの姿なんざぁ、よう見え申すよ」
というた。
天狗さまは、そう聞くと、その籾とおしが無性(むしょう)に欲しくなった。
「お前の籾とおしと、おれの隠蓑とを、ちょっとの間(ま)とりかえてくれんか」
というた。男は、
「かえようわい。じゃばって、そのかわり聞かぁておくじゃり申さんか。いったい、天狗さまは何が一番きらいでおじゃり申すか」
と聞いた。天狗さまは、
「おれぁグミの木が一番きらいじゃ。あのそばにゃ寄りつきゃならん。ところで、そういうお前やぁ、何が一番きらいか」
と聞いてきた。男は、
「おらあ餅(もち)が一番嫌いでござり申す」
と、まじめくさって答えてやった。
こうして、天狗さまの隠蓑と男の籾とおしを、お互いにとりかえたと。
隠蓑を手にした男は、すぐにそれを身につけた。そのとたんに男の姿は見えなくなった。
天狗さまは、早速(さっそく)、籾とおしの不思議な力をためそうと、それをかざしてみたが、男の姿はまるで見えん。
「これぁだまされた。こらっ、おれの隠蓑を早よ返せ」
天狗さまは鼻を真っ赤にしながら、かんかんに怒(おこ)って叫んだと、
男は、ときどき、ひょいと蓑をはずしてわざと姿を見せては逃げる。
天狗さまは、男のあとを夢中(むちゅう)で追いかける。
男は、こうして、天狗さまの一番嫌いなグミの木の下に行って隠れたと。
天狗さまは寄りつくことが出来ん。いっとき、どこかへ飛んで行ったかと思うと、すぐに餅を持ってきて、男めがけてどんどん投げつけた。男は、恐い、恐いといいながら、その餅を拾うては食い、拾うては食いしたと。
天狗さまというものは、三日間隠蓑をつけないでいると、たとえ取り返しても、もう効(き)き目はなくなるそうな。だから、天狗さまは必死になって、三日間、餅を投げ続けたと。が、男はへこたれるどころか、ますます元気になった。
隠蓑は、とうとう男のものになったと。
天狗さまは真っ赤になって怒り、空を高く高く昇って行って、高みから男めがけて小便をしたと。ところが、ちとそれた。おまけに、あまり勢(いきお)いよくやったので、近江(おうみ)の平野を掘りさげて、そこに小便がたまって湖が出来たと。
「こらいけん」
天狗さまはすっかりあわてて、こんどは籾とおしをあてて小便をした。小便は雨となって空一面に散らばったと。ところが大地(だいち)にはそれがいい薬となって、草木は繁(しげ)る、穀物(こくもつ)は稔(みの)るで、人間世界はしあわせになるばかりだと。
そんなある日、男が出かけた間に、女房が押入れの奥の茶箱(ちゃばこ)を開けてみたら、こ汚(ぎた)ない蓑がしまってあった。
「こんな汚ないもの、こんげなところに入れて」
というて、かまどの火にくべて焼いてしもうた。
それで、隠蓑はこの世からなくなったと。
そしこんむかし。
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「籾とおしと天狗さま」のみんなの声
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