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きつねのくら
『狐の倉』

― 鹿児島県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、あるところにひとりの男がおったと。
 男が荒地(あれち)を畑にしようと掘り起こしていたら、鍬(くわ)が思いっきり石を叩(たた)いた。
 「しもうた」
 男は、刃が欠けてめくれあがった鍬を持って鍛冶屋(かじや)へ行ったと。
 いくがいくがいくと、道で子供達が手に手に棒(ぼう)っ切(きれ)を持って、捕(とら)えた狐を打ちすえておった。
 「お前(め)たち、その狐をおらに売ってくれんか」
 男は、鍛冶屋に払う銭(ぜに)を子供達にやって、狐を買いとったと。
 その狐を、子供達のいない所へ行って放してやろう思うて首縄(くびなわ)を持って歩いていたところが、ふと我にかえった。 

 
 「はて、おらは何をやっているんじゃ。鍬(くわ)が無(の)うては畑起こしが出来んというに、鍬をなおす銭が無(の)うなってしもうた。こりゃ狐どころじゃねえ。狐よ、悪りいが、そういうこんだ。勘弁してくれろ」
 いうて、男はまた子供達のところへ行って、狐を戻して銭を返してもろうたと。
 そしたら、子供達は前よりも狐をいじめたと。
 
 男は、
 「やめれ、やめれ、今度は本当に買う」
 いうて、また銭をやって狐を買い戻したと。
 狐を山へ連れて行き、
 「ええな、二度と捕(つか)まんなや」
 いうて、逃してやったと。


 何日か経(た)って、男の家にその狐がやって来た。
 「この間は危(あぶな)いところを助けていただいて、ありがとうございました。お礼に何か差し上げたいと思います。私の家には狐の倉(くら)といって、何でも無い物は無いという倉があります。あなたの望みのものを好きなだけお持ち下さい」
というので、狐と一緒に狐の倉へ行ったと。
 「これが狐の倉です。どうぞ、中へ入って好きなものをとって下さい」
 男は喜んで倉の中へ入ったと。
 
 そしたら、すぐに倉の戸が閉(し)まり、外で、
 「ぬすっと―、盗人―」
と大声で叫ぶ声がした。
 「ちがう、ちがう、おらは盗人でねえ」
というけれども、赤い狐火が、ぽっ、ぽっ、とついて、それがあっちこっちから沢山(たくさん)集まって来て
 「盗人は殺せ― 盗人は殺せ―」
 って、騒がしいのだと。
 男は、恐ろしくて恐ろしくて、倉の隅っこに縮こまって、
 「だまされたあ」
 いうて、ふるえとった。 

 
 しばらくしたら、外の騒ぎがおさまって、倉の戸がガラガラと開いたと。
 さっきの狐が、
 「そんなところに縮こまって、何をしているのです。好きなものを持って、早う、おいでなさい」
という。男は、
 「本当に、本当だなや」
と念押ししてから、鍬(くわ)やら鋤(すき)やら銭(ぜに)こやら、持てるだけ持って倉から出たと。
 「恐ろしかった。生きた心地もしなかった」
と、さっきの出来事を狐に話したと。そしたら、狐が、 
 「あなたがそういうのでしたら、そうなのでしょう。実は、私も、先日、同じ思いをしました。あなたに助けてもらったときは、やれ助かった、と喜びました。が、その後(あと)でまた子供達に返されたときには、もう生きた心地はしませんでしたよ。再び助け出されたわけですが、あの時のことを考えると、ちょうどあなたの場合と似ています」
と、こういうたと。

 そいぎぃの昔こっこ。 

「狐の倉」のみんなの声

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悲しい

助けられたと思ったら、一度裏切られてしまった狐のお話し。飼い主だけが支えだった捨てられたペットたちと重なりました。また、イジメ問題にしてもおなじです。 同じ思いをしなければ、人というものは相手の痛み がわからないのだなぁ、と、最後の狐の言葉に思いました。( 50代 / 女性 )

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