民話の部屋 民話の部屋
  1. 民話の部屋
  2. 災難や化け物に打ち勝つ昔話
  3. 五月の菖蒲と蓬

※再生ボタンを押してから開始まで時間がかかる場合があります。

ごがつのしょうぶとよもぎ
『五月の菖蒲と蓬』

― 岩手県 ―
語り 井上 瑤
再話 平野 直
再々話 六渡 邦昭

 むかし、あるところに大層(たいそう)しまりやの男がおったと。
 男は日頃から、
 「飯(まま)食わない嫁(よめ)がほしい」
 「飯食わない女房(おかた)がほしい」
と、いうておった。
 ある夜、
 「こちらさんで飯食わぬ女房がほしいと聞きました。私を貰(もら)って呉(け)ながですか」
というて、美しい姉(あね)コが訪(たず)ねてきた。
 「飯食わねか」
 「はえ」
 男は、喜んで女房にしたと。

 
 その女房は陰日向(かげひなた)なくよく働くし、飯も食わない。これはいい女房を貰ったもんだ、と得した気でいたら、十日も経たないうちに六俵の米がたちまちなくなってしまった。そればかりか、味噌樽(みそだる)の味噌も、目に見えて減る一方だと。
 「はて、めんようなこともあるもんだ」
 もしや、と思った男は、ある日、山へ行くふりをして途中でひき返し、こっそり天井裏(てんじょううら)に隠(かく)れて女房の様子をうかがったと。
 そうとは知らない女房は、夫(とど)を送り出したあとで、三斗五升(さんとごしょう)の米を馬糧(まぐさ)煮(に)る大釜(おおがま)へいれてたき、それから二十人鍋(にじゅうにんなべ)に味噌をひとたなぎ持ってきて入れ、お汁(つけ)もこさえたと。
 そして、大きな握り飯(にぎりめし)コロコロ作っては頭のてっぺんにある大口(おおくち)にポイポイ投げ入れ、お汁(つけ)は、大びしゃくですくって、ザンバ、ザンバと大口にそそぎこむのだと。
 

 
 天井裏でそれを見た男は、
 「これは欲のあまりに、どえらいものを女房にした。化物(ばけもの)なんか一日とて置いとかれん」
と思うて、こっそり下りると、なにくわぬ顔で、
 「今戻った」
というて、山から帰って来た振りをしたと。 
 「あやや、なんたら早がったべ」
と、女房は、鍋(なべ)だの釜(かま)だのにあわててフタをして元の美しい姉コになって迎(むか)えたと。
 その女房に、男は
 「女房、女房、今日山へ行ったら山の神さまから、お前(め)の女房、よく働くだども、家さ置くと障(さわり)があるから、今のうちに出てもらえ、と言われた。そういう御託宣(ごたくせん)だから、すまねえが今から出て行って呉(け)ろ」
というた。女房は、
 「そんだらば出て行くから、八尺ダライ一つ呉(け)でくれ」


というた。男が大きなタライを出してやると、 「それ、八尺あるかどうか計ってみて」
という。
 男が何気(なにげ)なく屈(かが)んで計ろうとしたら、女房は男をタライの中へ突き入れ、タライごと頭の上に乗せて山へ駈(か)け登ったと。その速いこと、風がしゅうしゅうなるほどだと。
 
五月の菖蒲と蓬挿絵:福本隆男
 

 
 男はタライの中でおろおろしていたら、女房は、駈けながら、
 「山の仲間、出て来もさい。ええ肴(さかな)持って来たぞぉ」
と、叫んだと。そしたら「ほいほい」という声がして、あっちからこっちから女房の眷族(けんぞく)がわらわら出て来たと。 
 男は、いよいよ食われるのか、と血の気なくしていたら、木の枝がタライにバリバリ当たった。今しかないと、男がその枝につかまると、木の下の蓬(よもぎ)と菖蒲(しょうぶ)の生えている中に、ボッサリ落ちたと。
 女房の眷族が「そこに落ちたぁ」とよってきたと。
 が、蓬は臭くて化物の嫌(きら)いなものだし、菖蒲(しょうぶ)は一本一本刀の刃(かたなのは)のようになって、化物どもをそこへ寄せつけなかったと。


 男は危ないところを助かったと。
 丁度(ちょうど)この日が五月の節句(せっく)の日だったので、それからというもの、五月節句には屋根に菖蒲と蓬をさすようになったのだと。

 どんとはれ。
 

「五月の菖蒲と蓬」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

感動

私は、戦後間もなく生まれました。母親の昔話を聞きながら、眠りについた覚えがあります。内容は忘れましたが、話の最後に「どんどはれ」という言葉だけは、覚えています。話はかわりますが、昭和30から40年代まで、玄関先の茅葺の屋根の軒先に「菖蒲と蓬」を差していました。昔話を聞いて、何のためにそれをしていたか、わかりました。ありがとうございました。 私の生まれは「岩手県奥州市」です。( 60代 / 男性 )

こんなおはなしも聴いてみませんか?

栃眼(とちまなぐ)

むかし、むかし、あるところに貧乏(びんぼう)な正直男(しょうじきおとこ)があった。働き者で、働いて働いて働いたけど、いつまで経(た)っても、暮らし向…

この昔話を聴く

栗山の狐(くりやまのきつね)

 昔、津軽(つがる)の泉山村(いずみやまむら)に喜十郎(きじゅうろう)ちゅう百姓(しょう)いであったど。  秋になって、とり入れが終わったはで、十三町の地主のどごさ、年貢米(ねんぐまい)ば納(おさ)めに行ったど。

この昔話を聴く

火車猫(かしゃねこ)

 むかしあったんですと。  火車猫(かしゃねこ)というのがあったんですと。  火車猫というのは猫が化けたものですが、なんでも、十三年以上生きた猫が火車猫になると、昔から言われています。

この昔話を聴く

現在886話掲載中!