― 群馬県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
むかし、あるところに正直(しょうじき)な爺(じ)さと婆(ば)さがあったと。
あるとき、爺さが山で柴刈(しばか)りをしていたら、仔猿(こざる)が一匹、木から下りてきて、爺さの手伝いをしてくれた。爺さ、仔猿に、
「やぁやぁ、ありがたかった。お前が枯枝(かれえだ)を手折(たお)ってくれたり拾い集めてくれたおかげで、仕事がはかどった。なにかお礼をしたいけど、あいにく何も持っとらん。ちょうど昼どきだから、一緒に握(にぎ)り飯を食わんか」
というて、腰に下げた弁当包みを開けたら、仔猿は爺さの前でチョコンと座って待つふうだ。爺さが握り飯をひとつ差しのべると、仔猿は嬉(うれ)しそうに受けとって食うた。竹筒(たけづつ)の水も飲ませてやった。
「さて、お昼も食うたし、お前のおかげで今日は早う帰れるわい。ありがとうなぁ」
というて、柴(しば)を束(たば)ねたら、仔猿がその柴の上に跳(と)び乗って、爺さの目をじいっと見つめてきた。
「ん、どうかしたか」
と、爺さが聞いたら、仔猿は、
「あのな、あの、おらのおっ母(か)さんが、腹が痛いって、寝とる」
というた。
「そら心配じゃのう。おお、そうか。柴刈り手伝うたのは、おっ母さんを治してほしいばかりに考えたお前なりの知恵じゃったか。えらいもんじゃぁ。よしよし、そんならもう心配いらん。わしがここにいい薬を持っとる。この薬を谷川の水で飲んで寝ておれば、すぐに治る」
爺さは、用心のためにいつも持ち歩いている腹薬(はらぐすり)を仔猿にやった。
仔猿は爺さから腹薬をもらうと、山の奥へ姿を消した。
それから何日かたったある日、爺さが柴刈りに山へ行くと、仔猿が木から下りてきた。 「おお、お前は、この間の仔猿でねぇか」
「はい、爺さ、この間は本当にありがとう。おかげでおっ母さんの腹痛はケソケソッと治った。おっ母さんがお礼をしたいので来てもらえ、っていうので、おれ、毎日ここで待っていた」
「治ったか。そりゃよかったな」
仔猿のあとから爺さがついて行くと、猿の家は山の奥の大っきな木に出来た洞(うろ)の中だった。仔猿のおっ母さんが出て来て、喜んで爺さを迎えた。
「爺さ、この間は薬を下さり、ありがとうございました。あの薬のおかげで、こんなに元気になりました」
仔猿とおっ母さんは、爺さに木の実や猿酒(さるざけ)をふるまったと。
爺さは、腹いっぱい食べて、呑(の)んで、いい気持ちに酔った。唄を歌ってやったと。
日暮れ頃になって爺さが帰ろうとすると、仔猿が、洞の奥から一升枡(いっしょうます)をひとつ持って来た。
「おっ母さんが、これ持ってってもらえって」
「枡(ます)をか」
「うん。この枡の中へ米を少し残して米びつへ入れ、米びつのフタをポンと叩けば、また、枡いっぱいに米が出てくるという宝の枡だよ」
「そりゃあええ枡じゃなあ」
爺さは、その枡を抱えて家へ帰ったと。
「婆さや、今帰った」
「ごくろうさま。あや、爺さ、柴はどうした」
「ん、ああ、柴は、今日刈って来(こ)ねかった。ほれ、この間話して聞かせた仔猿な、山へ行ったら待っていて、仔猿の家へ案内された。木の実や猿酒をいっぱいごっつおになって、おまけに薬のお礼じゃいうて、この枡をもろうてきた。米が出る不思議な枡じゃそうな」
「おや、それはそれは」
「ちょっくら試してみるか」
「はえ、はえ」
爺さと婆さが、その枡に米粒(こめつぶ)をちょっぴり入れて米びつに置き、米びつのフタをポンと叩いてフタをとってみた。すると、一升枡いっぱいに白い米が出ていた。
「猿の言うた通りじゃ」
「ええもん、もろうたなぁ」
爺さと婆さは、猿の母子(ははこ)がくれた宝の枡のおかげで、一生安楽に暮らしたと。
いちが栄え申した。
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むかし、あるところに仲のよい夫婦があったと。男は毎日ぼろの仕事着を着て行くので、もう少しこぎれいな着物を着て行けと、嬶が小ざっぱりしたよい着物をこさえてやったと。それを着て山へ行ったが、亭主はもったいないと思って、脱いで木の枝にひっかけた。
「猿の恩返し」のみんなの声
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