民話の部屋 民話の部屋
  1. 民話の部屋
  2. 妖怪的な動物にまつわる昔話
  3. 六角堂の狸

※再生ボタンを押してから開始まで時間がかかる場合があります。

ろっかくどうのたぬき
『六角堂の狸』

― 愛媛県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 狸(たぬき)のなかに「そばくい狸」というのがあるそうな。この狸はそばの実が黒く色づく頃になると、そば畑へ転がりこんで、体中にそばの実をつけ、穴(あな)へ帰ってから実をふるい落としてポリポリ食うという。
 松山(まつやま)の六角堂(ろっかくどう)の狸はそばくい狸だったのか、ようわからんが、これは狸がそばを食べに出た話ぞな。

 
 大正(たいしょう)の末ごろ、松山に夜な夜な、屋台(やたい)の車をひいて夜啼(よな)きそばを売って歩く渡部(わたなべ)さんという人がおった。

 ある年の春もまだあさいころ、ひとりのみすぼらしい爺(じい)さんが屋台ののれんをくぐって入ってきたげな。そして、
 「おっさん、そばを一杯(いっぱい)、ぬるうにしてんか」
と注文した。渡部のおっさんは、
 <おかしな人じゃ、熱うにしてくれとはよくいわれるが、ぬるうにしてくれとは珍(めずら)しいことだ>
と思ったが、はいはい、というて、ぬるいそばをわたしたそうな。

 
 すると、次の晩(ばん)もまた、六角堂のあたりまでくると爺さんがやってきて、
 「おっさん、そばを一杯、ぬるうにしてんか」
と、同じようにいう。おまけに食べ方がおかしい。どんぶり持って、むこうむきにしゃがんで、ピチャピチャと食いよる。
 
 こんなことが続いたが、どうもその爺さんが来た晩にかぎって、勘定(かんじょう)が合わない。ときには財布(さいふ)の中に、柴(しば)の葉っぱがまぎれこんでいるときもある。これは怪(あや)しいと渡部のおっさんは思うたな。
 ようし、正体(しょうたい)見とどけてやる、とばかり待ちかまえていると、またやって来た。
 「ぬるうにしてんか」
 それ来たとばかり渡部のおっさんは、そばの棒(ぼう)をとりあげてなぐりつけた。すると爺さんは、ぐうっ、といったかと思うと、黒いまるいかたまりになって、逃げて行ってしもうたげな。

 
 それからしばらくは何のこともなかったが、今度は近くの薬屋(くすりや)へ、毎晩(まいばん)のようにおかしな爺さんが膏薬(こうやく)を買いにくる。すると、その日にかぎって勘定があわんという噂(うわさ)がたった。
 そんなこんなの噂がにぎやかなある朝、六角堂の和尚さんが、庫裡(くり)の下からうんうんいう声がするので、はてなと覗(のぞ)いてみて驚(おどろ)いた。毛の抜(ぬ)けた古狸(ふるだぬき)がうなっている。渡部のおっさんにたたかれた狸が、膏薬を買ってはりかえているうちに、毛が抜けてきたというわけだった。
 六角堂の狸の話じゃ。

「六角堂の狸」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

一番に感想を投稿してみませんか?

民話の部屋ではみなさんのご感想をお待ちしております。

「感想を投稿する!」ボタンをクリックして

さっそく投稿してみましょう!

こんなおはなしも聴いてみませんか?

人影花(ひとかげばな)

むかし、あるところに貧乏(びんぼう)な婿(むこ)どんがおって、いとしげな嫁ごと暮らしておったそうな。そのころはまだ鬼(おに)がおっての、ときどき里に…

この昔話を聴く

大きな手(おおきなて)

 むかし、紀州(きしゅう)、今の和歌山県の有田(ありた)と日高(ひだか)の郡境(ぐんざかい)にある鹿ケ瀬峠(ししがせとうげ)というところへ、惣七(そうしち)という猟師(りょうし)が猪(いのしし)を撃(う)ちに行ったそうな。  いつものように犬を使って猪を追い出そうとしたが、その日にかぎって一頭も出てこん。

この昔話を聴く

見なきゃ良かった 聞かなきゃ良かった(みなきゃよかった きかなきゃよかった)

むがすあったずもな。あるどごに旅人(たびびと)がいて、歩いでいだら日が暮れだ。「野宿はしたくねぇし、今夜一晩(ひとばん)泊めて呉(け)るどご無(ね)がなぁ」っで言って、なおも歩いでいだら、うまいごどに一軒家(いっけんや)があったど。

この昔話を聴く

現在884話掲載中!