たぬきのおんがえし
『狸の恩返し』
― 静岡県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
昔、ある山の中に貧しい炭焼きの夫婦が小屋を作って住んでおったそうな。
女房が夜なべ仕事に糸車をカラカラまわして糸をつむいでいると、狸がたくさん集まってきて、縁側であきずに眺めているのだと。なかには真似をして、糸車をまわしたり、糸をつむぐ仕草(しぐさ)をするのまでおる。
さて寝ようと雨戸を閉めると、今度は楽しそうに腹鼓(はらつづみ)を打つのだと。
ポンポコ ポンポコ ポンポコポン
という音は、ことに月夜の晩など、二人が寝むれないほど賑(にぎ)やかだったと。
「あやつら、かわいいことはかわいいが、こう毎夜毎夜続けられるとなあ」
「ほんに、たまには休んでくれんかねえ」
狸たちはそんなことおかまいなしにポンポコ ポンポコやっておったと。やがて度が過ぎて、昼間も現われて悪さをするようになった。
二人が炭焼き用の木を伐(き)ったり、炭焼き釜(がま)で炭を作っている間に小屋に入り込んで、おひつをひっくり返したり、残(ざん)さいを食い散らかして、小屋の内外(うちそと)を荒らしたと。
「こうなっては仕方ない。懲(こ)らしめに生け捕(ど)ってやる」
たまりかねた夫は、庭先に縄(なわ)で作ったワナを仕掛けた。
夜更(よふけ)に女房が糸をつむいでいると、外で、パシッと、ワナのはねる音がした。
夫はぐっすり眠って気がつかん。女房は、そおっと外へ出た。すると、大っきな古狸がワナに片足をとられて逆釣(さかさづ)りになってもがいておる。女房は、小っさな声で、
「これからは、ワナに気をつけるのだよ」
といって、縄を解(と)いてやり、いかにも狸が歯でかみ切ったようにしておいた。
狸はうれしそうに森の中へ逃げて行った。
次の朝、ワナを見に行った夫はがっかりしたと。
「狸のやつ、ワナに掛かったらしいが、縄をかみ切って逃げたようだ」
「それは惜しかっただなあ、あれだって狸汁にされるのは好かんだよ」
女房はとぼけておったと。
それからは、夫がいっくらワナを仕掛けても掛かる狸はなかったと。
そのうち雪がちらちら降りはじめた。
二人は根雪(ねゆき)になる前に里(さと)へ下り、山の雪が溶けるのを待ったと。やがて春が来て、二人は、また、山の小屋へ戻った。戻ったところが、小屋の様子がどうもおかしい。しっかり閉じておいたはずの雨戸が、一枚はずれていて、あたりには狸の足跡がいっぱいついている。
二人は中に入って思わず目を見はった。
「こ、こりゃ どうしたこんだ」
「ほんに」
なんと、つむいだ糸が山のように置いてあった。
いったい誰が、と夫は首をかしげておったが、女房はあたりの足跡を見て、もしかしてと思い当たることがあった。
「あんたぁ、実はあんたに内緒にしていたことがあるだよ。昨年あんたが仕掛けたワナには、大きな狸が掛かっていただ。でも、涙(なみだ)を流してじっとおらを見つめている姿があわれで、おら、縄を切って逃がしてやっただ」
「ん、それではその狸がこれを…か? ふ-ん。狸が恩返しに冬じゅう糸をつむいでいたっちゅうわけか」
女房は、こくっとうなずいた。
二人は、その糸を里へ売りに行ったら、飛ぶように売れたと。おかげで暮らしがずいぶん楽になったと。
狸は、その年もたくさん庭に来て、女房の糸つむぎをのぞいたり、腹鼓を打ったり、おひつをひっくり返したりしたけれど、夫はもう、ワナを仕掛けようとはしなかったそうな。
それでいちがさかえた。
「狸の恩返し」のみんなの声
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