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みなげいし
『身投げ石』

― 大分県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 今から、ざっと四百年ほど昔、天正(てんしょう)といわれた時代のこと。
 豊後(ぶんご)の国(くに)は木付城下(きつきじょうか)、八坂(やさか)の庄(しょう)に〈岡(おか)の殿(との)〉という豪族(ごうぞく)が住んでいたそうな。
 [岡の殿]には、大層美しい姫がおった。
 ところが、ふとしたことから、姫は重い病にかかってしまった。
 「姫が不憫(ふびん)でならぬ、何としてもなおせ」
 しかし、どんな薬も効(き)かないのだと。
 姫の病気は、日に日に悪くなるばかり。
 そんなある日のこと。
 どこからか、一人の坊さまがやって来て、岡の殿に進言(しんげん)したそうな。


 「不治(ふじ)の病には 黒い花の咲く百合の根を煎(せん)じて飲ますとよい、と、聞きおよびます。しかし、そのような百合の花が、この庄内にありますかどうか」
 八坂の庄に、御触(おふれ)れ人(びと)が走り廻り、高札が立てられた。
 「黒い花の咲く百合の花を探し出した者には、姫を嫁にとらす。一刻(いっこく)も早く探し出せ」
 皆は、山といわず、川といわず、花の一本草の一本、数えるように探した。
 けれども、だあれも、黒い花の咲く百合など見つけることは出来なかった。
 「ええい、どこを探しておる。もっとよく探せ」
 しかし、やっぱり見つける者はおらなんだ。
 屋敷(やしき)の中は、沈として声もないんだと。


 その時だった。
 日頃、殿がかわいがっていた栗毛(くりげ)の馬が、激しくいなないて屋敷に駆け込んできた。
 口(くち)に、黒い百合の花を一本くわえている。
 殿は、夢中で栗毛にまたがると、ひとむちあてた。栗毛は、矢のように領境(くにざかい)めがけて駆けて行った。
 うっそうとした林を抜け、ゴロゴロした岩場を跳(と)んだ。
 いくつもの山を越えた栗毛は、やがて、陽(ひ)もささぬ深い谷で止った。
 そこには、岩間に黒い百合の花が数本、鮮(あざ)やかに咲き、風に揺(ゆ)らめいていた。
 ほどなくして、姫の病は癒(い)えたそうな。
 姫を嫁にという約束は、相手が馬ではどうしようもない。約束はなかったものになった。
 八坂の庄には、以前にも増(ま)して美しい姫の姿が見られるようになった。
 ところが、きまって、あの栗毛が寄り添っていて、離れようとしない。
 殿も姫も、気味悪くなり、栗毛を馬小屋に閉じ込め、固く柵(さく)をしてしまった。


 しばらくたち、姫は病気全快のお礼参りに若宮(わかみや)八幡(はちまん)へ詣(もう)でた。
 ところが、駕籠(かご)にのって帰る途中、柵を破った栗毛が、狂ったように、姫の行列めがけて突き進んできた。
 「あっ、あぶない!」
 「姫のお身を守れ!」
 しかし、栗毛はお供の者達を蹴散(けち)らし、とうとう、姫を、川に突き出た大きな岩の上に追いつめてしまった。
 岩の下では、八坂川の濁流(だくりゅう)が、ゴウゴウ音をたてて流れている。
 栗毛の目は怒りに燃え、吐く息が荒々しく姫に吹きかかる。
 栗毛が何かに憑(つ)かれたように姫に迫(せま)った。
 「いやじゃあ」 一声残した姫は、栗毛ともつれるように八坂川に身を踊(おど)らせたそうな。
 いつしか、“身投げ石”と呼ばれるようになったその大岩は、栗毛の蹄(ひづめ)の跡(あと)を今に残している。

「身投げ石」のみんなの声

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