― 新潟県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
資料 「佐渡島昔話集」鈴木棠三編 三省堂
むかし昔、あるところに爺(じい)さんと婆(ばあ)さんとがあったと。
爺さんと婆さんには、子供がなかった。欲しくて欲しくてならん。二人して、毎日、観音様(かんのんさま)へ願(がん)かけしていたと。
「どうか、子を授(さず)けて下さい」
「豆助(まめすけ)のような子でもよいから、どうかお願い致します」
挿絵:福本隆男
ある日、婆さんの手の親指の腹(はら)にオデキが出来た。日が経つにしたがって、プクーッとふくらんで、ただごとでない。
「爺さん、爺さん、なんだか妙(みょう)なあんばいじゃが」
「どんなんだ」
「オデキの中で、なにかが動いた」
「虫でも入ったか」
「そだろうか」
「どれどれ」
「痛て、爺さんなにするや」
「これ、手え引っ込めるな。見せろ」
「だって…」
「つぶさにゃ、わからんじゃろが」
「つぶされんのいやだ。この腫(は)れたの、俺、なんだが、日毎(ひごと)に愛(いと)おしくなってるみていだ」
「変な婆さんだな」
「爺さん、これ、もしかしたら観音様のお授かりもんでねえかや」
「ほんとかや、婆さん」
「わかんねえけど」
「こりゃ、大事(おおごと)だ」
爺さんは、婆さんの手を使わさないようにして、
「今日は、どんな具合だ」
って、腫れモノを、そろっとなでる毎日だと。
ある日の朝方、その親指がポンと音を立てて裂(さ)けた。中から、豆粒(まめつぶ)ほどの小(こ)んまい赤児(あかご)が産まれたと。
やっぱり観音様のお授けじゃったぁ言うて、二人は大喜び。その児(こ)に豆助と名前をつけて、大切に、大切に育てたと。
だんだん年が経って、十七歳(さい)になったが、やっぱり豆粒ほどであったと。
ある日、豆助は、爺さんと婆さんに、
「外の世界を見てきたい」
と言うた。爺さんと婆さんは心配でならんかったけれど、小んまい重箱(じゅうばこ)を作って、その中に香煎(こうせん)の粉を入れ、持たせて送り出したと。
豆助は、それを持って出掛けた。
いくがいくがいくと、一軒(いっけん)の大きな屋敷(やしき)があった。酒造(さけづく)りの屋敷だったと。
屋敷の玄関に入って、
「おたのみ申す」
とよんだけど、誰(だれ)も出て来ない。また、
「誰かおらんか、おたのみ申す」
と叫んだら、ようやく下男(げなん)が出てきた。
「はて、誰か来たようだったが」
と言うて、キョロ、キョロ探している。豆助が、
「ここだ、ここだ」
と言うと、下男はかがみこんで下駄(げた)をよけた。豆助は下駄の下にいたと。
挿絵:福本隆男
下男は驚(おどろ)いて主人を呼びに行くと、家じゅうの者たちが玄関に集まった。主人が、
「なんとまあ、小んまいお人じゃあ。どうなされた。何故(なにゆえ)、当家(とうけ)へ来られた」
「旅学問(たびがくもん)の途中の者で、豆助と申します。お宿をお願いしたいと思い立ち寄りました」
「そういうことなら、どうぞ、いつまででもお宿をいたしましょう」
というて、豆助を泊めてくれたと。
豆助はその屋敷に長逗留(ながとうりゅう)して、酒造りやら商売のやり方やら、さまざまなことを教わった。
この屋敷には娘が三人にて、中の娘が一番器量(きりょう)よしだった。豆助を一番珍(めずら)しがり、また可愛がったのも、この、中の娘だった。
豆助はこの娘を嫁に欲しくなった。
ある夜、三人の娘の寝(ね)ている部屋へ忍び込み、婆さんが作って持たせてくれた香煎を、中の娘の口のまわりに塗(ぬ)りつけた。枕元にもこぼして、重箱を布団(ふとん)の下に隠(かく)したと。
次の朝、豆助は、これ見よがしに泣(な)いた。
早起きの主人がそれを見つけて、泣いている理由(わけ)をきいた。
「どうした。家でも恋しくなったか」
「いえ、香煎の入った重箱が無くなったぁ」
「重箱も香煎も作ってやるから泣くな」
「親からもらったものだものぉ」
「どこかにしまい忘れたのじゃないか」
「夕べ、枕元(まくらもと)に置(お)いて寝て、起きたらなくなっていた。誰かが盗(と)ったに違いないー」
「これ、人聞きの悪いことをいうな。この家(や)には、そんな卑(いや)しい者はおらん」
「だけど、無くなっているう」
「それほどいうなら、みなに聞いてみよう」
主人は家の者を片端(かたはし)から起こして調べたと。が、使用人は皆々、知らんと迷惑(めいわく)がった。
あとは三人の娘だけが残った。
そこで三人の娘が寝ている部屋に行った。
主人が部屋に入ると、中の娘の口のまわりに香煎がついていた。
娘を起こして問いただしたら、娘は食べた覚えがないという。
散らかっている香煎に目をやった主人は、布団をめくってみた。布団の下に重箱があったと。
「これは何だ。これでも白(しら)を切るか」
怒った主人は、
「こんなことをする者は我が娘とは思わん。どこへでも出て行け。
豆助どの、相済(あいす)みません。なんともお恥(はず)ずかしい限りです。娘を煮(に)るなと焼(や)くなと、お好きにされ。しかし、こんな騒動(そうどう)があっては豆助どのにも、この家に居てもらうことは出来ません」
と言うた。
挿絵:福本隆男
豆助は、中の娘を連れて家に帰ったと。
娘は道々(みちみち)考えたと。どう考えても豆助の策略(さくりゃく)としか思えない。ぬれぎぬを着せられて、腹が立ってならない。いっそ、豆助を殺してしまえば少しは心が晴れる。そう思うて、先を歩いている豆助を踏(ふ)みつぶそうとするのだが、豆助は、そんな娘の心の内を読みきって、チョロチョロッと娘の足をさけてしまう。
わざと遅く歩けば、豆助は立ち止まって、
「おぅい、お方、早う来い」
と呼ぶ。
「あいつ、すっかり私の夫のつもりでいる」
と、いよいよ豆助が憎(にく)くなった。
追いかけて、また踏みつぶそうとしたら、やっぱり逃げられる。
とうとう、豆助の家に着いてしまったと。
爺さんと婆さんは、豆助が無事で、おまけに立派(りっぱ)な器量よしの娘を嫁(よめ)にして帰って来たので大喜(おおよろこ)びだ。
まずは、旅の疲れをとれ、いうて、風呂(ふろ)をたてたと。
豆助が先に入り、嫁があとだと。
豆助が湯の中から、
「おぅい、お方、垢(あか)を落としに来てくれ」
と言うた。娘は、今度こそ、おぼれ殺してやりましょうと思い、竹箒(たけぼうき)で湯をガンラガンラ掻(か)き回したと。
豆助は湯の中をクルクル回りながら、潜(もぐ)ったり浮いたりしておった。
娘は、それでも湯を掻き回すのを止めなかった。そしたら、突然、パァーンと大きな音がして、豆助の体が裂けた。
挿絵:福本隆男
裂けたと思うたら、湯の中に景色(けしき)のいい立派な若者が立っておった。
音に驚(おどろ)いて、爺さんと婆さんもすっ飛んできた。
湯の中に見たことのない、立派な若者が立っていたので、二人もびっくりしたと。
「誰かね、お前さんは」
「俺だ、豆助だ。お方のおかげで、一人前の人間の姿になることが出来た。
これからは、お方と二人で親孝行をしますから、安心して下さい」
爺さんも婆さんも、驚くやら、喜ぶやら。
娘も、豆助が観音様の申し子であったことを知らされてから、嫁に選(えら)ばれたことを喜んだと。
酒作りの実家にも知らせ、盛大(せいだい)な祝言(しゅうげん)をあげ、皆々安楽(あんらく)に暮らしたと。
いちごさけた、どっぴん。
民話の部屋ではみなさんのご感想をお待ちしております。
「感想を投稿する!」ボタンをクリックして
さっそく投稿してみましょう!
昔、あるところに親子三人がひっそり暮らしておったと。おとっつぁんは病気で長わずらいの末とうとう死んでしまったと。おっかさんと息子が後にのこり、花をつんで売ったりたきぎを切って売ってはその日その日をおくるようになったと。
「豆助話」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜