民話の部屋 民話の部屋
  1. 民話の部屋
  2. 妖怪と怪談にまつわる昔話
  3. 雪女

※再生ボタンを押してから開始まで時間がかかる場合があります。

ゆきおんな
『雪女』

― 長野県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 むかし、白馬岳(しろうまだけ)の信濃側(しなのがわ)のふもとの村、今の長野県(ながのけん)北安曇郡(きたあずみぐん)白馬村(はくばむら)に茂作(もさく)と箕吉(みのきち)という親子の猟師(りょうし)が暮(く)らしてあったと。

 ある冬のこと、茂作と箕吉は連れだって猟に出掛(でか)けた。


 獲物(えもの)を追(お)って山の奥(おく)へ奥へと分け入るうちに空模様(そらもよう)が変わったと。先(ま)ず寒(さむ)さがきつくなり、あたりが急(きゅう)に暗(くら)くなって、冷たい風が山を揺(ゆ)らしてゴーと吹いてきた。
 
雪女挿絵:近藤敏之


 「父っつぁまぁ」
 「こりゃあ、ひどい雪になるぞ」
 親子は足を速(はや)めて避難小屋(ひなんごや)へ急いだ。が、たちまち、目も開けられんほどの猛吹雪(もうふぶき)になった。そのなかを、這(は)うようにして小屋へ辿(たど)り着いたと。
 「今夜は、ここで泊(とま)りだいな」
 茂作と箕吉は、囲炉裏(いろり)に火を焚(た)きつけ、身体を暖(あたた)めるとほっとしてゴロリと横になった。年をとった茂作はたちまちイビキをかいた。若(わか)い箕吉は吹雪の音が耳について寝付(ねつ)かれない。ウトウトしては目がさめる。そうやって真夜中頃(まよなかごろ)、ひときわ強く吹雪いて、また目がさめた。間なしに、戸が蹴(け)とばされたみたいにバンと開き、猛烈(もうれつ)な吹雪が吹き込んだ。戸はすぐに閉(し)まったが、小屋の中で舞(ま)っている雪と同じ色の衣装(いしょう)を身にまとったひとりの美しい娘(むすめ)が立っていた。

 
雪女挿絵:近藤敏之
 
箕吉が、
 「だれだい」
と、訊(き)こうとしたが、声が出ん。身体も動かん。

 娘は茂作の上にかがんで、その顔をのぞいていたが、白い息をフーッと吹きかけたと。
 「何をするだ」
 箕吉がまた叫(さけ)ぼうとした。が、やっぱり声が出ん。身体も動かん。それでももがいた。すると、娘が振(ふ)り返った。
 さっき吹き込んだ吹雪で、囲炉裏の火はほとんと消えていたが、ほのかに見える娘の顔は、透(す)きとおるような白さで、唇(くちびる)だけが赤く見えた。後ろに束(たば)ねた長い黒髪(くろかみ)はカラスの濡(ぬ)れ羽色(ばいろ)のようだ。あまりの美しさに箕吉はハッとして眼(め)をそらせなくなった。
娘が今度は箕吉の上にかがむと、じいっとその顔をみつめた。
 「お前はいい若者だ。わたしはお前を好(す)いたから、今は命(いのち)をとらない。けれど今起(お)こったこと、今見たことを他の人に言ったら、そのときはお前の命は無いものと思いなさい。いいね。決(け)して言ってはいけません……」

 言い終(お)わらんうちに、娘の姿は消えた。あとには粉雪(こなゆき)だけが、くるくる舞っていた。外で吹き荒(あ)れた吹雪きもケソッと止んでいたと。

 やっと身体が動かせるようになった箕吉は跳(は)ね起きて、
 「父っつぁま、父っつぁまぁ」
と、茂作を揺さぶった。が、茂作はカチカチに凍(こお)って物言わん。息絶(いきた)えておったと。

 朝を待って、箕吉は雪をこいで山を下り、村人に父が死んだことを報(しら)せた。村人達に助けられてようやく野辺送(のべおく)りを済(す)ませた箕吉は、独(ひと)りぽっちになった。猟をするのも、食べるのも独り、張(は)り合いの無い、淋(さみ)しい暮らしが続いとったと。


 そうして次の年の吹雪の夜のことだった。
  トントン トントン
 表の戸を誰(だれ)かが叩いた。
 <こんな吹雪の夜に訪(たず)ねてくるなんて、いったい誰だべ>
 いぶかりながら戸を引き開けて、箕吉は目を見張った。そこにはハッと息が止まるほどの、何とも美しい娘が立っておった。して、
 「旅の者でございますが、道に迷(まよ)って困(こま)っております。外はこの通りの吹雪、どうか一晩(ひとばん)泊めて下さいまし」
と言うた。箕吉が、
 「そら、まぁず困ったな。俺(おら)独り住まいだもんで、何のご馳走(ちそう)も出来ねぇ。この先の家さ行ったらどうだぃね」
と、気の毒(どく)そうに断(ことわ)ると、ひときわ強い吹雪が吹き上げた。

箕吉が、
 「こりゃたまらん。ひとまず内(なか)へ」
と言うて、土間(どま)に招(しょう)じ入れてよくよく見ると、娘はひどく疲(つか)れている様子だ。見るに見かねて囲炉裏の自在鉤(じざいかぎ)に架(か)けた鍋(なべ)に残っとった粥(かゆ)をご馳走したと。
 火にあたりながら話し合っているうちに、娘も独りぽっちであることがわかった。

 吹雪は次の日も、その次の日も、幾日(いくにち)も幾日も続いた。その間に娘は、家の中を掃除(そうじ)し、箕吉の着物の破(やぶ)れを繕(つくろ)い、三度の食事をこしらえ、マメマメしく働(はたら)いたと。 こんな娘を箕吉は手離(たばな)すのが惜(お)しくなった。
 ある日、箕吉は娘に、
 「お前さえ良ければ、俺と一緒に暮らさないか」
と言うた。娘がうれしそうに、
 「私で良ければ、はい、お願いします」
と言うて、二人は夫婦(めおと)になったと。


 いい嫁(よめ)さんぶりだったそうな。
 子供(こども)も生まれて、しあわせな日々が続いたと。嫁さんの名前は、ゆきと言ったが、その名のとおり、抜(ぬ)けるような色の白い女子(おなご)で、子供を五人も産(う)んだというのにやつれもせん。十年経(た)っても、来たときのそのまんまの美しさであったと。
 
雪女挿絵:近藤敏之


 ある夜のことだった。
 嫁さんは囲炉裏端(いろりばた)で子供の着物を縫(ぬ)っておった。外では吹雪がゴウゴウ、ヒュウヒュウうなっている。
 箕吉は炉端(ろばた)に寝転(ねころ)んで、その音を聞きながら嫁さんの顔を見るともなく見ておった。
 そしたら、フッと十年前、父親の茂作を亡(な)くしたあの日のことが思い浮(う)かんだ。
 「ああ、思い出すでよ。あの吹雪の晩のことを……」
 箕吉は、思わずつぶやいたと。
 嫁さんは顔をあげ、じいっと箕吉を見つめた。
 「父っつぁまが死んだ晩のことだ。あの晩も……」
 箕吉は、あの晩のことを初(はじ)めて嫁さんに話して聞かせた。


 
「うん、そういえば……だども不思議(ふしぎ)だなあ。お前はあのときの、あの女とそっくりだ。雪のように白い顔の、黒い髪を後ろで束ねて、唇だけが赤かった。―あれは、もしかしたら、おら、雪女(ゆきおんな)ではねえかと」
 箕吉がそこまで言ったときだった。
 嫁さんが縫い物を置(お)いて、立ち上がった。
 「とうとうお前さんは言いましたね。決して言ってはいけないという約束(やくそく)を、とうとう破りましたね。話したら命を取ると言ったのに。言って欲(ほ)しくなかった。今はもう子供達もいるから命は取らないけれど、これでお別(わか)れです。あのとき、小屋に行ったのは私です」
 嫁さんの声は震(ふる)え、黒い眼はうるんでおった。
 箕吉は、ただもうあぜんとして嫁さんを見ておった。

 
 「お前さんの言うとおり、私は雪女です」
 嫁さんの声は段々(だんだん)小さくなり、姿(すがた)も薄(うす)くなっていって、ついには消えてしまった。
 あとには、ただ粉雪だけが舞ってあったそうな。

  それっきり。
 
雪女挿絵:近藤敏之

「雪女」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

驚き

どうしていってしまったのかな( 10代 / 女性 )

怖い

親の仇で一度は自分も殺そうとした女が本性を隠して嫁入りしてるのが一番怖い( 20代 / 男性 )

悲しい

幸せが一瞬にしてなくなってしまって悲しい、、、 話さないでいたらずっと一緒に居られたのに、、、( 40代 / 女性 )

もっと表示する
怖い

寒気がした!( 10歳未満 )

こんなおはなしも聴いてみませんか?

亀の恩返し(かめのおんがえし)

 昔、ある家の亭主(ていしゅ)が、  「頭が痛(いた)い、頭が痛い」 といって寝(ね)ていると、近所の人が来て、  「亀の生血(いきち)を飲んだら治るだろう」 と、教えてくれた。  そこで、家の者が八方手配りして、海亀(うみがめ)を一匹捕(と)って来たそうな。

この昔話を聴く

こればあさん 笠賃よ(こればあさん かさちんよ)

むかし、あるところにひとりの正直な婆さんがあったと。ある雨降りの日、婆さんが町へ用足しに出掛けたら、途中の道端で、地蔵さまが濡れそぼっておられるきに

この昔話を聴く

天狗(てんぐ)

 昔、遠野(とうの)に万吉(まんきち)という人があった。  ある年、鉛(なまり)の温泉(おんせん)へ行ったときのこと。  浴場で見たこともない大男が声をかけてきた。

この昔話を聴く

現在886話掲載中!