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ははぎつね
『母狐』

― 宮崎県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔、あるところに御殿医(ごてんい)がおったげな。
 御殿医ち言うんは、お城のお殿さんや奥方(おくがた)、ご家老(かろう)とかが病気になった時にかかる、身分の高い医者どんのことじゃげな。
 ある月明かりの夜、この御殿医の門戸(もん)を、
 「トントン、トントン」とたたいて、一人の女(おな)ごが訪ねて来たげな。
 下男(げなん)があわててとび出して見たら、門の外にゃ、りっぱなお駕籠(かご)が用意してあった。
 「旦那(だんな)さん、急病人じゃげな。女ごが迎えに来ちょります」
 「そうか、とにかく行ってあげようかい」 

 
 御殿医はそげん言うち、下男を供に、駕籠にゆられて行ったっと。
 駕籠は、野原をこえて、山道を登って、行くが行くが行くと、大けな家の前で止まったげなが、そん家は長屋門の構えもよく、部屋の造りもりっぱな、なかなかの分限者(ぶげんしゃ)どん方(がた)であった。 
 御殿医と下男は、
 「はて、こんげなところに分限者どん方があったがな」
と顔を見合わせていると、女ごが、
 「さあ、さあ、子供が長わずらいで、寝ちょりますが」
 ち、案内するげな。
 御殿医はそんげ言われち、奥の部屋さ行くと、そこに、手足の細っそりした病人が寝ていた。
 病人はえらい弱っちょって、持ち合わせの薬じゃ、あまり効き目がねぇごつあったと。
 そいで、その夜は当座の薬を飲ませて、また駕籠にゆられて戻って行ったげな。


 さて、そん次の日のこつ。
 御殿医は下男に、
 「おまえ、昨夜(ゆんべ)の病人に薬を届けてこんか」
と言うち、使いに出したっと。
 下男は昨夜の道を思い出し思い出し、どんどん歩いて行ったげな。
 野原を横切り、峠を越えて、山道を登ってえらい遠道(とおみち)だったげな。 
 「確かこのあたりだったと思うちょったが……それらしき屋敷はおろか、人の住んどる気配もないとは……はて」
 面妖(めんよう)に思うて、周囲(あたり)をきょろきょろ見廻(みまわ)したげなが、すっと、山道のつき当たりに、大けな狐(きつね)の穴があったげな。
 下男はフと思い当たることがあって、ソッと、暗い狐の穴をのぞいて見たっと。
 「おや、狐が子狐を抱いて座っちょるが。さては、やっぱり昨夜の急病人はこやつの仕業(しわざ)かもしれん」
 下男はそう言うち、ゴソゴソ、狐穴(きつねあな)さ入って行ったげな。


 穴の中の狐は、下男を見ても逃げんで、ジーッと子狐を抱きしめていたっと。
 「こら、おまえはなして逃げんとか」
 そげん言うち、母狐の側(そば)へ寄ってみた。 
 そしたら、母狐の傍(かたわ)らには、昨夜、御殿医が置いていったくすりがあったげなが、子狐はもう死んで、冷たくなっていたげな。
 「かわいそうなこっちゃ。おまえは、子供が病気じゃもんで、人間に化けて、この領(くに)一番の御殿医を呼びに来たっか」
と言うち、涙が出るごつあったげな。
 あとで御殿医もそん話しを聞いち、
 「狐にも母親の情があるわい」
と感心したげな。

 米ん団子。

「母狐」のみんなの声

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感動

我が子の為に行動した母狐の深い愛情に心打たれました。 最後は悲しい結末でしたが、それが余計しんみりといいお話になっています。 子育て幽霊の話ししかり、親の子を思う気持ちはいつの世も変わりませんね。( 50代 / 女性 )

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