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ただめしぐい
『ただ飯ぐい』

― 高知県 ―
語り 井上 瑤
再話 市原 麟一郎

 むかし、高知県(こうちけん)土佐(とさ)の幡多(はた)の中村(なかむら)に、泰作(たいさく)さんというて、そりゃひょうきんな男がおったそうな。
 ある日ある時のことよ。泰作さんは山へ行ったそうな。
 ところが家を出るときに、だいぶあわてちょったけん弁当(べんとう)を忘れてきたと。
 ほんで昼ごろになると腹(はら)がへってどもならん。ひょったらひょったら腹をおさえて歩きながら、なんとかただで飯(めし)を食う方法はないもんじゃろかと考えよったそうな。

 
 あれこれ考えた末に、ちょうど昼ごしらえをしょる一軒(いっけん)の農家(のうか)へ入って行ったと。
 「ちょっくら、ごめんくなんせ。ああ嫁(よめ)さん、えらいすまんがのうし、さっき弁当を食べたところが、魚の骨(ほね)がのどへ突(つ)きささって、ひどく痛(いと)うてたまらんけん、飯を一口ひん呑(の)ませてくれんかえ」
 こう言うて、泰作さんは、さも、のどが痛そうに顔をしかめてみせたそうな。
 「そうかえ、そりゃ難儀(なんぎ)なことじゃねえ」
 嫁さんはめっそう同情(どうじょう)して、皿(さら)に飯を入れて持って来てくれたと。
 泰作さんは、目を白黒させながら咬(か)まんで飯をひん呑んだ。
 「どうぜえ、具合(ぐあい)は」
 嫁さんは心配(しんぱい)そうに覗(のぞ)きこみよる。


 泰作さんはつばをごくんと呑んで、
 「まだ触(さわ)って痛(いた)いけん、取れちょらんようじゃ。太(ふと)い骨じゃきとれにくいろう。嫁さん、ちょっこい大神宮(だいじんぐう)さんへ、お水をあげてくれんかえ」
 「よしよし、ちょっこり待っとうせや」
 嫁さんが、盃(さかずき)に水をくんで、神棚(かみだな)の大神宮さんに供(そな)えよる間に、泰作さんは皿の飯をたいらげてしもうたと。 
 そうして、
 「さすがに大神宮さんよのう、ようきいた。きれいに魚の骨がとれたけん、心地(ここち)よし、心地よし」
 こういうて、泰作さんはニコニコしたと。

 
 「おおきに、おおきに」
いうてそこを出ると、しばらく歩いてからまた別の農家へはいって行って、
 「ちょっくら、ごめんくなんせ。わしゃそこで弁当を使うたところが、魚の骨がのどへ突きささって、ひどく痛うてたまらんけん、ちょっこり飯をもらえんかのうし」
 ここでもこういうと、泰作さんは飯をもろうて食うたそうな。
 それからまた同じ手を使うて三、四軒も歩いたら、もう腹が一杯(いっぱい)になったと。
 
  昔まっこう 猿(さる)まっこう、
  猿のつべは ぎんがりこ。
 

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