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うぐいすのさと
『うぐいすの里』

― 岩手県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 昔、昔。ある山のふもとにひとりの若い樵夫(きこり)がくらしてあったと。
 ある日、樵夫が山に入ると、森の中に、今まで見たことのない立派な館(やかた)があった。
 「はて、こんな館、この間(あいだ)来たときにには無(な)かったがなぁ」
と、不思議(ふしぎ)に思って門から中をのぞいてみた。広々とした庭(にわ)には、季節でもないのにさまざまな花が咲いていて、蝶(ちょう)がヒラヒラ舞(ま)っている。小鳥の啼(な)き声もいろいろだ。

 うぐいすの里挿絵:福本隆男
 
いよいよけげんに思って玄関先(げんかんさき)に立ってみた。館の内には広い大きいな構(かま)えに似合わず、人っ子一人いる気配(けはい)が無い。


 「これ位の館なら、下男・下女が大勢(おおぜい)いてもおかしくないのだが」
と首を傾げていたら、内(うち)から美しい女がひとり出て来た。
 あなたは何しにここへ来たのですか」
 「何って…俺は樵夫で、この山に入ったらこの館があったので、見なれないもので、その…」
というて、どぎまぎしていたら、その様子をシゲシゲ見ていた女が、くすっと笑い、
 「あなたは正直な方のようですね。丁度(ちょうど)よいところに来てくれました。頼(たの)みたいことがあります」


 「頼みって、何だ」
 「私はこれから用を足しに出掛(でか)けたいと思っていました。その間、留守番(るすばん)をしていて下さいな」
 「あ、ああ、いいよ。易(やす)いことだ」
 「それでは頼(たの)みます。でも、私がいない間はこの部屋と庭は見てまわってもいいですが、他の座敷(ざしき)は決してのぞかないで下さいね」
 樵夫がうなずくと、女は「きっとですよ」と念押(ねんお)ししてから出掛けて行ったと。


 一人になった樵夫は、女が用意したもてなしの茶菓(ちゃか)を飲み食いし、この座敷をながめ、庭にも出た。あちらをながめ、こちらをながめしたが飽(あ)きてきた。女は未(ま)だ帰ってこない。見るなと言われた他の座敷が気になりだした。襖(ふすま)を開けてのぞいたと。

 その座敷には可愛(かわい)らしい娘子(むすめご)が三人いて、雛祭(ひなまつ)りをしているふうだったが、樵夫を見つけると、小鳥があわてて飛び立つみたいに、パタパタと姿を隠したと。

 
うぐいすの里挿絵:福本隆男


 次の座敷を開けると、唐絵(からえ)の金屏風(きんびょうぶ)が立てまわしてあり、唐金(からがね)の火鉢(ひばち)に茶釜(ちゃがま)がかかってお湯がフツフツ沸(わ)いてあったが、誰もいなかった。
 三番目の座敷には、朱膳朱椀(しゅぜんしゅわん)や南京皿(なんきんざら)が並べてあった。
 四番目の座敷には、たくさんの弓矢(ゆみや)や具足(ぐそく)が飾ってあった。
 五番目の座敷は、御厩(おうまや)で、たくましい青毛(あおげ)の駒(こま)に金ぷくりんの鞍(くら)をおいて、綾(あや)の手綱(たづな)がかけられている。樵夫を見た馬は首を振り、足掻(あが)いたと。


 六番目の座敷には、白木(しらき)の台に白金(しろがね)と黄金(こがね)の桶(おけ)が置かれて、白金の桶には白金の柄杓(ひしゃく)が立てかけてあり、黄金の桶には黄金の柄杓が立てかけてあった。二つの桶からは酒が湧(わ)いてくるようで、滴(したた)り落ちる酒が台の下の7つの瓶(かめ)に満ちていた。樵夫は酒の香(か)をかいで、ゴクリとのどが鳴った。黄金の柄杓でひとすくい呑(の)んでみた。いい心地(ここち)に酔(よ)ったと。


 七番目の座敷は広い野山の座敷で、梅の花が咲き盛(さか)って、いい匂いだと。小鳥の巣があって、小さな卵が三つ入ってあった。酔った樵夫がその卵を一つ掌(てのひら)に乗せたら、とり落として割れてしまった。
 二つ目の卵も、三つ目の卵も同じようにとり落として割れた。
 樵夫がどうしたらよいか分からないで、ぼんやりと立っていたら、そこへ、出掛けていた女が帰って来たと。樵夫の顔をうらめしそうに見、悲しい声で、
 「あなたはあてになりませんでしたね。あんなに見ないと約束したのに。それにあなたは私の三人の娘を死なせてしまいました。娘が恋しい」
というた。いい終えると鶯(うぐいす)になって、ホホホケキョと啼(な)いて飛んで行ったと。

 
うぐいすの里挿絵:福本隆男
 鶯が見えなくなってふと気がついたら、今まであった立派な館は消えて、樵夫はただの山の中にぽつんと立っていたそうな。
 
 どんとはらい。

「うぐいすの里」のみんなの声

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感動

ウグイスは春の象徴の小鳥です。とても綺麗な声で、毎年鳴き声を聞くのが楽しみです。 でもウグイスの姿を見ることはないです。 お話も「見るなの座敷」でウグイスの声は聞けても、姿を見せないウグイスだからこのお話が出来たと思います。美しい( 女性 )

驚き

何故見るなと言われたのに次々に開けて言ってしまうのかが分からない。 いくら留守を頼まれたとはいえ、余りにも非常識な男だと思った。 卵を全部割ったくせに「どうしたらいいか分からない」だけとは、幼い子供のようだと感じた。 うぐいすにしても、自分の子を割られたにも関わらず「子が恋しい」とだけ言い残し消えるのは余りに不自然だ。だいたい自分の大切なわが子を残して出かけるのもおかしいし、むしろうぐいすは子を煩わしいと思い、誰かに殺させるように仕向けたのではないかと思った。( 20代 / 女性 )

感動

ウグイスは日本では特別な鳥ですね。だから霊鳥と言うのでしょうが。 この話にはなにか日本的な、儚い美しさがありますね。

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悲しい

約束を守らないと悲しいことになるのですね。( 20代 / 女性 )

驚き

初対面の人に娘のいる家の留守番を頼んだ上に、木こりの誠意を試したりして、このウグイスは何をしたかったのか。同じような話がたくさんあるが、いきなり試された上に言いつけを守らないと罵られるなど理不尽にも程がある。( 40代 / 男性 )

悲しい

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