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おおかみいし
『狼石』

― 岩手県 ―
語り 井上 瑤
再話 佐々木 喜善
整理・加筆 六渡 邦昭

 南部と秋田の国境(くにざかい)に、たった二十軒(にじゅっけん)ばかりの淋(さび)しい村がある。この村から秋田の方へ超(こ)えて行く峠(とうげ)の上に、狼(おおかみ)の形をした石が六個(こ)並(なら)んでいる。正月の十七日の夜には、この石の狼どもが悲しそうな声を張り上げて啼(な)くという話が村には昔から言い伝えられていた。

 むかし、ある寒い日であった。
 朝からチラチラと雪が降(ふ)っていて、夕方になるとそれが大吹雪(おおふぶき)に変わった。


 この時どこからさまよって来たのか、みすぼらしい姿(すがた)をした旅の巡礼(じゅんれい)の母と娘が重い足を引きずりながら村に入って来た。そして、家々の門口(かどぐち)に立って、一夜の宿を乞(こ)うたが、どの家でも、どの家でも泊(と)めてくれなかった。
 吹雪はますます強くなる。
 母娘(おやこ)は泣きながら、一軒一軒と寄(よ)って歩いて、とうとう村端(むらはず)れの二十軒目の家の戸口に立った。ホトホト、ホトホト。戸を叩(たた)くと、その家の女房(にょうぼう)が出てきた。
 「行き暮(く)れて難(なん)ぎをしております。どうか一夜の宿をお貸(か)し下さいませ」
 「それはお気の毒(どく)に、お宿(やど)したいのですが、俺(おら)ァ家(え)では旦那(だんな)どのがやかましくて泊められない。すまない。でも、これから十町ほど行くと、竜雲寺(りゅううんじ)というお寺があるから、そこへ行って頼(たの)んで見てがんせ。泊めてくれますべえから」
と教えてくれた。


 母娘はようよう歩いてその寺へ行き、頼んだと。
 そしたら住職(じゅうしょく)は、
 「俺のところでは、お前たちのような人を泊めるところがない。が、本堂の軒下(のきした)でもよかったら遠慮(えんりょ)はいらん」
というて、奥(おく)へひっこんだと。
 旅の母娘は、吹雪の吹き込(こ)む本堂の軒下に抱(だ)き合っていたが、住職はその姿を見て、可哀想(かわいそう)な奴等(やつら)だ。今夜のうちに狼に喰(く)われてしまうだんべえが、というたと。

 その夜は大変な大吹雪になった。
 真夜中頃(まよなかごろ)になると、山の方から狼どもの叫(さけ)び声が、吹雪の合間から聞こえて来た。
 叫び声がだんだんと寺の方へ近づいて来て、母娘は、あまりの恐(おそ)ろしさに堅(かた)く抱き合ってふるえていたと。


 庫裏(くり)の方では、狼の吠(ほ)える物凄(ものすご)い声を聞きながら、住職が、
 「とうとう狼がやって来たなァ。いよいよあの母娘が獲(と)って喰(く)われてしまうだろう」
というていたが、それでも寺の中へは入れようとしなかったと。

 夜が明けた。
 住職は早くに起きて、本堂の軒下へ行って見た。案の定、そこには母娘の姿はなかった。ただ、隅(すみ)の方に古い笠(かさ)が一つ置かれてあった。
 それで、巡礼の母娘は昨夜(ゆうべ)の狼どもに喰われたものと思ったと。

 それからひと月ばかり経(た)ったある日のこと。
 住職は隣村(となりむら)に用事があって行き、夜遅(よるおそ)くになって、山路(やまみち)を帰って来た。すると背後(うしろ)の方から狼の啼き声が聞こえてきた。


 怖(おそ)ろしくて夢中で走り出すと、いつの間にか住職が駆(か)けて行く方の路傍(みちばた)に、六匹の大きな狼が待ち伏(ぶ)せをしていて、住職を喰い殺してしまったと。
 それからは村人がそこを通るときは、いつも、狼が出て来て吠え立てるので、村の人達は一層(いっそう)難儀(なんぎ)したと。

 あるとき、村一番の力持ちといわれている熊平(くまへい)というマタギが、
 「よし、俺が退治(たいじ)してくれる」
というて、鉄砲(てっぽう)を持って狼の穴(あな)の近くの木に登って、穴から出て来るのを待ち構(かま)えていた。
 すると、狼どもは穴から飛びだしてきて、木の上の熊平を目がけて、しきりに吠えたてた。
 熊平はやたらに鉄砲をブッたが、一つも当らなかったと。


 やがて弾丸(たま)がつきてしまった。
 すると狼どもは、その木に六匹で飛びついて、木をグラグラ揺(ゆ)すぶって、熊平をホロキ落とそうとした。
 そのとき、穴の中から美しい娘が駆け出てきて、狼どもの側へ寄ってきて、
 「あの人も鉄砲を撃(う)たなくなったから、お前達も早く穴さ入りなさい」
というた。すると狼どもは、まるで猫(ねこ)か犬のように慣れ々々(なれなれ)しく娘について穴へ入って行った。熊平は驚(おどろ)いて木から下りると、一目散に村をさして逃(に)げ戻(もど)ったと。

 その後のこと。ある月の冴(さ)えた夜に不意に六匹の狼が村を襲(おそ)って来た。
 村の人々はびっくりして、鉄砲だの弓矢だので射(い)かけたが、狼どもは素速(すばや)くて、強くて、どうにも出来なかった。


 すると、いつか熊平を助けた娘がそこへ駆けつけ、荒(あ)れ狂(くる)う狼どもを取り鎮(しず)めようとした。そのとき、村方から射放した一本の矢が飛んできて、娘の胸(むね)に刺(さ)さった。娘は悲しそうな声を出し、そこにバッタリと倒(たお)れてしまった。 

 それを見た狼どもは、たちまち猛(たけ)り凶(くる)い、村人を五、六人喰い殺してしまった。
 倒れた娘は深傷(ふかで)に苦しみながら、それでも、
 「これ、村の人達を殺してはいけない。この村にはいつか私達に親切だったオガさんがいるから」
といい置いて、とうとう息絶(いきた)えたと。


 六匹の狼どもは、それを聴(き)いて、悲しそうに啼きながら、娘の屍(しかばね)をどこかへ運んで行ったと。
 こんなことがあってから、村の人達は自分達が不親切であったことを後悔(こうかい)し、そして、
 悪いことをすれば、狼が来るぞ……
 というて、旅人などにも親切にするようになった。
 あるとき、村の人が峠を通ると、六匹の狼が悲しそうな声をあげて啼いているのを見たことがあった。
 狼どもは、亡(な)き娘を慕(した)い悲しんでいるらしかった。六匹並んで日毎夜毎(ひごとよごと)、ウォー、ウォーと啼いていたが、ついには、そのまま六つの石になってしまったと。
 
 どんとはらい。

「狼石」のみんなの声

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悲しい

とても悲しいお話でしたか、娘と狼達の気持ちに村人達が改心してくれて良かった。( 40代 / 女性 )

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