兵庫県に住んでいるのでこのお話にしました
― 兵庫県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
昔、あるところに五人組の漁師(し)があった。
船長(ふなおさ)、櫓丁(ろちょう)、舵(かじ)取り二人、炊(かしき)の五人。
ある晴れた朝、五人は一艇櫓(いっちょうろ)の船に乗って沖(おき)へ漁へ出た。
「いい凪(なぎ)じゃあ」
「大漁日和(びより)だ」
「おうよ」
櫓丁のからだに力が漲(みなぎ)って、船はぐいぐいと進む。
陸(おか)と船との位置具合と、魚がいそうな海の様子と、両方に目配りしていた船長が、
「ようし、この辺りでよかろう」
というた。網(あみ)を仕掛(か)けたと。
が、どうしたことか、網を仕掛けても仕掛けても魚は一匹(いっぴき)も獲(と)れなかった。船長が、
「こんなはずはないんじゃが……はて……」
といいながら辺りを見廻(まわ)して、
「おっ」
と、驚(おどろ)きの声をあげた。
船が沖へ沖へと流されていたと。
五人はあわてて網を引きあげ、櫓を漕(こ)いだ。
「だめだ、櫓がきかん」
「舵もきかん」
代わり番こに櫓を漕いで、力いっぱい櫓を漕いで、漕いで漕いで漕いだが、船はまるで何かに引き寄せられているかのように流された。
陸はとっくに見えなくなっていて、ぐるり見渡(わた)しても海ばかり。五人は疲(つか)れたからだを船の中に横たえて、船脚(ふなあし)が遅(おそ)くなるのを待つことにしたと。
船はなおも流されて、流されて流された。
どれくらい流された頃か、ひとりが頭をあげて見たら、遠くに島が見えた。
「おうい、起きろ、起きろ。島が見える」
「本当か」
あわてて皆(みな)が起きた。
「うん、島だ」
「あそこへ流れ着きゃいいが」
というていたら、船は引き寄せられるように島へ着いたと。
島にあがると、いたるところに実のなった木が植(う)わってあった。五人はむさぼるように食うた。食うていたら、いつの間に来たのか、ひとりの男が近くに立っていて、
「あんた方を、この島の主(あるじ)の所へお連れします」
というた。
五人はこの男の後ろからついて行き、川を渡り、山経(やまみち)を登った。やがて、男が、
「着きました」
というた所は、岩山の絶壁(ぜっぺき)にできた巨大(おおっ)きな洞穴(ほらあな)の前だったと。
「こちらへ」
と、うながされて恐(おそ)る恐る洞穴に入ると、奥に御殿(ごてん)のような座敷(ざしき)があり、そこに誰(だれ)かいるようだが連子(れんじ)が垂(た)れていて、よく見えん。
連子というのは、目の細かいスダレみたいなものだ。
五人が連子の前へ行くと、連子の奥(おく)から、
「よく来てくれた、お前たちをこの島に招(まね)いたのは儂(わし)だ」
と、声がかかった。
“島に招いた”といわれて、半信半疑(はんしんはんぎ)で五人が顔を見合せたら、
「驚くのも無理はない。が、本当のことだ。実は儂は人間ではない。お前たちを怖(こわ)がらせまいとして、こうしているが、今から姿(すがた)を見せる」
というて、スルスルッと連子が巻(ま)きあがり、島の主が姿をあらわした。殿様のなりをした蛇(へび)顔であったと。
「怖がらんでもよい。お前たちには害をなさん。見てのとうり儂の本性(ほんしょう)は蛇体(じゃたい)である。儂にはさまざまな霊力(ちから)があって、この島を統(す)べておる。
が、そんな儂にも霊力の及(およ)ばないことがあって困(こま)っているのだ。人間と力を合わせれば何とかなるのだが。この島にはかつて一度も人が住んだことも、立ち寄ったこともなくてな。誰か来んかと目をこらしていたら、遥(はる)か遠くにお前たちが見えた。そこで、潮(しお)をあやつる霊力をつかってお前たちを引き寄せた。
どうじゃろ、お前たちにやって欲しいことがあるのだが、儂のたのみをきいて、助けてくれんか」
「こ、こ、困っているって……な、何を」
「実は、向こうの島に大ムカデがおって、それがこの島の者を捕(と)りに来る。今までも戦って、なんとか追い返してきたが、今度ばかりは儂の負け戦になりそうなのだ。
お前たちが助けてくれれば、この戦、勝てる」
「な、な、なにをすればいいですかい」
「これまでは海へうって出て戦ったが、今度は島へ上げる。陸ではムカデの方が強いから儂もあぶないが、なんとかこの岩山の所へおびきよせるから、お前たちはこの上から岩を落としてくれんか」
「するってぇと、わしらはこの絶壁の上で待っていればいいんじゃあな」
「そうだ。石や岩はもうあげてある。儂が合図をしたらその岩を落としてほしい」
「そういうことですかい。
聞いたこと、見たことの一々(いちいち)がびっくりすることばかりで戸惑(とまど)っておりやすが、返事はみんなと相談してからでもいいですかい」
「よい。食事をとりながらでも話し合ってみてくれんか。返事はそのあとでよい」
五人の前にご飯やら肴(さかな)やら酒やら果物(くだもの)やら、御馳走(ごちそう)がどっさり運ばれてきた。食べながら船長が、
「みんなはどうな」
と聞くと、みなみな、
「船長に従(したが)います」
という。
「そうか、そんならわしの考えを言おうか。
ことここに至(いた)っては、じたばたしても始まらん。それにな、島の主殿はわしらを生かすも殺すも思いのままのはずじゃ。それなのに、困っている、助けてくれ、と下手(したて)に言わっしゃる。
そう言われりゃあな、放っておけんのがわしら漁師の性(さが)、ではないかと思うのじゃが」
「そのとおりです」
「では、これで決まったな」
「へい」「へい」「へい」「へい」
そうと決まれば腹(はら)ごしらえとて、鱈腹(たらふく)食べたと。
島の主に、加勢(かせい)する、と伝えたら蛇顔で大きくうなずいた。
五人は崖(がけ)の上で、“そのとき”を待ったと。
そしたら、遥か向こうから長い物が海を渡ってきた。
頭がこの島へ着いたのに、尾(お)っぽは未(いま)だ向こうの島に残っているふうだ。大っきな大っきなムカデだと。
島の主も正体をあらわした。これも大っきな大っきな蛇だと。
島の主が迎(むか)え撃(う)って、大ムカデとの戦が始まった。互いに咬(か)みついたり巻きついたり。ゴロンゴロン転がるたびに大地が揺(ゆ)れ動いて、海が波立った。
島の主が段々(だんだん)に攻(せ)め込まれて、崖下での戦いとなった。島の蛇という蛇がみなみな洞穴へ逃(に)げ込み、追いかけて洞穴に入ろうとするムカデ一族を、島の主がひとりで蹴散(けち)らしながら大ムカデとも戦っていた。
そのうち、島の主は漁師たちに合図をしてから、サッと洞穴の中へ退(しりぞ)いたと。
五人は、今だ、とばかり、ムカデたちめがけて岩を落とした。ガラガラ、ドッシーンと落として落として、投げて投げて……。
大ムカデは、頭がつぶれて死んだと。他のムカデ一族も、皆々、岩と石の下敷(じ)きになって死に絶(た)えたと。
戦が終わって、島の主が、
「お前たちのおかげで、戦に勝つことが出来た。お礼にこの島をお前たちにやる。田圃(たんぼ)や畑も作ってやろう。海に出たら、必ず大漁にしてやろう」
というた。船長が、
「ありがたいことですが、作物の種も何も持っとらんが」
というと、
「心配せんでいい。お前たちは一度村へ帰って、連れあいや子供たちを連れて来るがよい。船を海に出しさえしたら、儂がこの島へ導(みちび)いてやる」
という。
五人の漁師が船に乗ると、船は潮に引かれて、元の港に着いた。
五人は家族に話し、籾(もみ)だ麦だ、芋(いも)だ大根種(だね)だ、なんだかんだと必要な物を船に積むと、船は潮に引かれて、あっという間に島に着いた。
島の主は、用があるたびに港と島とを往来(いきき)させてくれた。
島へ移り住んだ者には何の不足もなくして、みなみな安楽に暮らしたと。
その島はどこにあるか知らないが、蛇島ではなく、猫島というそうな。
あったといや。
兵庫県に住んでいるのでこのお話にしました
猫という言葉に惹かれましたが、島の主が敵のボスと闘いながらも、島の民を助けるというシーンに感動 人間もこうでなきゃ‼︎ 兵庫県民だから、特に嬉しい( 40代 / 女性 )
たっぷり聞き応えがありました。( 50代 / 女性 )
昔、日向の国、今の宮崎県西都市に正右衛門という狩人があったげな。正右衛門は猪撃ちの狩人でな、山に入ると猪の気配を感じるじゃろか、犬の放しどころに無駄がなかったちいうぞ。
むかし、むかし。 ある冬の寒い日に、漁師(りょうし)が氷に開けた穴から釣(つ)り糸をたれて、数匹(ひき)の魚を釣り上げたと。 「どれ、寒くもあるし、腹(はら)もすいたし、こんなところで、帰るとするか」 というて、橇(そり)に魚を乗せて帰ったと。
「猫島」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜