― 福岡県遠賀町 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、筑前(ちくぜん)の国、今の※福岡県遠賀(おんが)村の話。
あるときのこつ、嵐が来よって、大雨が滝(たき)のように降りよったげな。ごんごん降って一向におとろえん。
「それ遠賀川に水が来よるぞ」
「きつい荒れじゃ、川の堤(つつみ)がくずれるぞ」
村じゅうが騒ぎになった。男たちは土手に駆けつけ、女、子供、年寄りたちは広渡(ひろわたり)にある氏神(うじがみ)さんの八剣(やつるぎ)神社に集まって、一晩じゅうお祈りしておったと。
※福岡県遠賀村…現在の福岡県遠賀町
すると次の朝はけろっとした天気になったげな。
「ありがたや、氏神さんのおかげたい」
それでもまだ気はゆるせん。洪水(こうずい)は降っとるとき出るとは限らん。降り終わってから山々の水を集めて水かさを増し、どっと堤を切ることもある。堤が切れたらもう、田も畑も水浸したい。
村の人たちはじっと川の水をにらんでおったげな。川水は濁(にご)り、泡だって恐ろしいようじゃった。
すると、川上から何やら長いもんが浮きつ沈みつ流れてきよる。それも一つや二つでない。
「ありゃぁ、なんじゃい」
ちゅうて見ておると、ぶつかりあいながら来るのは檜(ひのき)の丸太やった。
「こら、太か丸太たい。拾え拾え」
「そうとも、このままではそこらの堤にぶつかって、堤切るぞ。そうなったらおおごとじゃい」
村の人たちは、流れてくる丸太にとび口ばひっかけ、必死になって岸へ引きあげたげな。中には怪我(けが)する者もおって、戦場のごと、騒ぎじゃった。
引きあげた丸太を積みあげ、村の人はやっと息をついた。
「こら、みごとな檜たい」
「氏神さんのお社(やしろ)建てるのに使いよったらええがの」
「そらええ考えや」
「氏神さんからの授かりもんかもしれん」
八剣神社はすっかり痛んで、わらじでも作って金集めて建て直さねばと、常々相談しとったところだったから、皆々、すっかり喜んだ。
ところが何日かすると、下二(しもふた)の里の方から知らせが来た。
「この間の嵐で檜の丸太が流れよったが、拾うた者はおらんか、お役人さまが詮議(せんぎ)なさるちゅうぞ」
村の人たちはがっかりして、顔を見合わせた。
「ええ思案がある。この丸太を田んぼに埋めてしまおう」
誰かがこう言うと「ようし」ちゅうて、皆して田んぼを深く掘り、檜の丸太を全部いけこんでしもた。その上に菜種(なたね)をバラバラまいたげな。
次の日、役人がやって来た。
目ば光らしよって、村じゅうくまなく調べる風だ。
村人たちは皆々心の中で、氏神さん氏神さん、お助け下はりまっせ、と祈ったげな。
村長(むらおさ)がお役人を案内して、いよいよ丸太を埋めた田んぼの方へ行く。
村人全員の注意がそっちへ向いた。向いてたまげた。
なんと、田んぼの上には、昨日まいた菜種が一夜にして芽を出し、茎(くき)ものび、葉も繁(しげ)らして、黄色い花を一面に咲かせちょった。
「あっ、花まで咲いちょる、ありがたか。氏神さんのお力たい」
村人たちは心の中で、手ば合わせたげな。
「ほう、これはみごとな菜種畑だの」
役人は菜の花を誉(ほ)めただけで、何も見つけんで帰ったと。
八剣神社は、みごとに建て直されたそうな。
それぎんのとん。
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むかし、あるところに正直な婆(ばあ)さんがおったと。 あるとき、婆さんは団子(だんご)をこしらえて、親類(しんるい)の家へ持っていった。そしたら途中で石につまづいて転んでしもうた。
「一夜の菜種」のみんなの声
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